帰宅
彼はボロボロな格好で、鞄いっぱいの金塊を手に、わが家に帰ってきた。
震える指で呼び鈴を押すと、笑顔の妻が玄関ドアを開けた。
「帰ってきたのね、本当に良かった。お風呂焚けてますよ、ほら、はいってください。ビールも冷えてますから」
彼は金塊の詰まった鞄をリビングのローテーブルに置き、冷蔵庫の缶ビールを口元から溢れるほど、急いで飲み干す。
ふらふらになりながら、風呂場へむかい服を脱ぎすて、シャワーで体を洗い、湯舟に浸かる。お湯と湯気が溢れ、蒸気が廊下まで逃げてくる。
妻の顔は、金塊の眩い光を浴びていた。
目は爛々として、口角は緩み、笑顔は歪んでいた。
彼は上下スウェット、タオルで髪を拭きながらやってきて、妻の隣に腰掛けた。
「しばらくは二人で暮らせるな」
「そうね。これだけのモノを手に入れるのは、大変だったでしょう」
「それはそうさ。命がけだよ。君のためだからね」
妻は金塊に目をやり、優しげな顔でいった。
「次は何処へいくの? ロシアのオリンピアーダ鉱山なんかどう?」
「そうだね‥‥‥」
彼は視線をそらし、ため息を吐いた。
「善は急げよ。さっそく明日から行ってみたら? 確か採掘は1996年からだから――」
「今日は寝るよ、眠い」
「そう、おやすみなさい」
彼は、二階の寝室に向かった。
翌日、
山奥の豪邸の庭に、彼と妻の姿があった。
高さ2メートルほどの黒い球体があった。
彼は球体に乗り込むと、妻に手をふった。
妻は手を振りかえし言った。
「楽しみにしてる。わたしのタイムスリッパーさん」
次の瞬間、球体が忽然と消えた。