愚考録
作家の脳内は、眼前の真っ白な画面よりも、透き通っていた。
時折この症状がでる。
「あれやこれや、てんやわんや、しっちゃかめっちゃか」
あーだ、こーだ、「そーだ、どうしよう、どうしようもない」
思考は暗渠をいく溝鼠の糞のような惨めさを帯びていた。
ちなみに「暗渠(あんきょ)」というのは、道路、鉄道などの地下に埋設したり、地表にあっても水面が見えないように、蓋がしてあったりする通水路や排水溝。「渠」なんて漢字検定準一級レベルの難読漢字をふくむ単語を使用するなど、何を思ってか。
「はじめて知った言葉を使いたかったから」に他ならない。こんなことだから、かような事態に陥る。ネタが枯渇する。才能が疑われる、、、
これは思考の回転軸が転倒した状態であり、復旧するには、運と閃きに頼るほかない。しかし、そんなものはやってこない。待てど暮らせど、想い募らせたとて、苦悶は永永無窮である。
こうなると、頭痛が姿を現す。
作家は根が狷介固陋にできているため、ネットで人の意見を渉猟しても、どうも受け入れられない。
「狷介固陋(けんかいころう)というのは、意志を固く守り、頑固で他人の意見を受け入れないこと。
「陋」なんて漢字検定一級レベルの難読漢字をふくむ単語を使用するなど、何をおもってか。
最早説明不要。
こういったときは、「こんなこともある」と、受け入れるしかない。今日に限っては外へ出る気もおきない。出不精というわけでなく、
「外の空気を吸うことで、何か、発想がでるのではないか」
という愚考に身を任せるほど、愚図になりたくないからだ。
作家は、小用を済ますため、トイレにいくことにした。小便がトイレの水に突入する音が響き渡り、足早に冷蔵庫へいくと『やさしいルイボス』に手が伸びる。クセのある爽やかさに癒されるはずもなく、片割れで踏ん張っている長寿番組を周辺視野で観る。
やはり金髪筋肉おじさんが足りない。サクサクかき揚げのないどん兵衛のようなものだ。
そして、はたと気づく。これはショート・ショートと呼べるのかと。ここまで来て、撤退するわけにはいかない。
『短々(たんたん)私小説』と名づけよう。これでよい。なければ、つくってしまえば良いのだ。
いや、あるだろう。検索上位に出現しないだけである。
思い上がりも甚だしい。愚行の汚泥に足をとられ、成すすべなく沈んでいる。このまま終わってしまっては、ろくな展開もなく読者諸賢に申し訳ない。そして閃く。横臥してときめく。
「そうだ。マックスコーヒーに頼ろう」
小雨が眼鏡のレンズにあたり若干の視界不良のなか、ファミリーマートで昔購入したサンダルを履き、最寄りの、贔屓にしている自動販売機へ向かう。そして愕然、慄然とした。
売切れ。
赤いランプが灯っている。
寒い。ロンTとアディダスのハーフパンツ、至極当然。
加糖練乳を欲していた私は、結局、ポッカサッポロの『ミルクカフェ』で我慢することとした。
砂糖、牛乳、コーヒー、全粉乳、デキストリン、乳化剤、甘味料(アセスルファムK、スクラロース)、香料が喉を通過する。
「甘さが足りない。やり直し」
「糖尿病への、疑懼(ぎく)の念を想起させない」
「とはいえ、甘さにキレがあって悪くはない」
「脳に糖をいれたところで意味がないことは、実証済みである」
「もうそろそろ終われ」
はぁ。糞が。
「あ、やっべ。締切まで三十分くらいしかねぇ」
そういうことで、作家は忽然とショートショートを終えた。
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