23光年の奇跡

 轟音をたてて、銀色に鈍く光る宇宙航行機が墜落した。
しばらくして、少女とロボットが辛うじて稼働するハッチから脱出した。酸素はあるようで、運よく重力まで地球そっくり。二人は森の奥へと少女の背を超える未知の植物をかきわけて入っていった。
 そのころ機内では光彦少年が両親の死を受け入れ、後ろ髪を引かれる思いでひしゃげた通路をなんとか通り抜け、脱出した。見上げると、瑠璃色の夜空が広がっていた。星の光でうすら明るいので、生存者を探して森に辿り着いた。蛍より二回り大きい昆虫が光彦を導くように、宙に舞い、青白い残像をのこしている。道なき道をいくと、一戸建てほどの幹をもつ大樹に突き当たった。その根元に、少女が眠っている。その横でロボットが光彦に光を照射し、分析している。
 光彦は少女に見とれていた。自分と同じ11歳ぐらいか。さらさらとしたロングヘアと白のワンピース。
「あなた、人間?」
「人間だよ。君も?」
 少女は穏やかな笑みを浮かべて、すっくと立ちあがり、気づけば光彦の腕を組み、身体を寄せていた。顔を反対にむける光彦。
「これからどうするつもりなの?」
「それは、助けを求めてみるよ。航行機に戻って」
「この惑星は地球から23光年も離れてるのよ、それに故障していて通信できなかったらどうするの」
「分からない、でも、僕は帰りたい」
 少女はほほ笑んだ。
「遅れたけど、私は千秋。千秋って呼んでね」
「千秋ちゃんはどうするもりなの」
「どうしようかな。いずれは、地球に帰りたいけど、準備が必要ね」
光彦は疑問を挟む間もなく、千秋とロボットについていくしかなかった。
森をぬけて、丘を登りきると、一面の白銀の草原だった。葉の先端が風になびいてひかり輝いているように見える。
「素敵でしょ。いくらかここにいてもいいと思わない? 果物や木の実も食べれそう。それに、こんな美しい場所、地球にないし」
 ロボットは森に自生する食用可の植物をホログラムで表示して、説明をはじめた。光彦はそれを聞き流しながら、千秋の横に座った。
「でも、ここには遊園地もないし、ゲームセンターもないし、僕が大好きなレストランもない。航行機に戻ろうよ」
「光彦くんは故郷が大好きなのね。素敵よ、そういうの」
 光彦は瞬きをして、口元を緩めた。

 宇宙航行機の通信設備は完全に故障していた。ロボットのスペックをフル活用しても、修理は不可能だと判明した。肩をおとす光彦の手を引き、森へいく千秋。終始、口角をあげて大樹に着くと、抱きしめた。耳元に息の温かさが伝わるほど近くで、囁いた。
「ここの原生生物は私たちを待っていたの。彼らは普段、透明で、定型的なかたちを持たずにこの惑星を彷徨うように生きるしかなかった」
「何を言ってるの?」
「教えてくれたのよ、彼らが。私のなかにはいってきてね。一心同体。これでようやくここを脱出できるって、喜んでるわ」
 光彦は千秋を突き放して、後ずさる。
「とっても頭が冴えてるの。この惑星には鉱物や炭素繊維だったり、宇宙航行機をつくるのに必要な原料が豊富にある。準備には数年かかるかもしれないけど、可能よ。だから、、」
「嫌だ! 僕は、僕だ、化け物になりたくないよ!」
 千秋は涙を流した。
「他に方法はないの。お願い、光彦くん私を助けて。人間のままじゃ、とてもここを脱出できない。大丈夫、悪いようにはならないから」
 光彦はその場に座り込んだ。
 千秋も向かいに座り込む。
「生きて帰りたいよね。彼らの知能を借りるだけよ、光彦くんなら出来る」
 千秋は光彦の目をまっすぐに見つめた。光彦は口をだらしなくあけて、千秋の瞳に焦点を合わせている。
「分かった。やるよ、僕」
「人類なんて目じゃない、愚かな地球の原生生物なんていらない!」
「人類なんて目じゃない、愚かな地球の原生生物なんていらない!」
 その、地球から23光年離れた惑星が、宇宙空間に輝きを放っている。

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