運ばれ屋

 架空の職業「運ばれ屋」の朝は早い。午前7時ごろにはその日指定された場所で待機して、身長190センチで筋骨隆々のマスクマンに担がれる。そのまま、公共交通機関は使用せずにチェックポイントを通過し、指定地点に到着。その日の気温や湿度、天候によってその場で行うパフォーマンスを決定する。この地点では椅子になりきる。マスクマンは運ばれ屋に座り3分間、姿勢を維持。そのあとも担がれ、運ばれてはパフォーマンスを繰り返し、12セット行ったところで、データを会社に送信してその場で仕事終了。直行直帰のため、仕事終わりは食事がたのしみ。今日はボーナスポイントが加算されたため、その分の報酬が振り込まれる。月給制で、基本給と各種手当と今日のような成果給もある。
 この仕事においてなにから利益が発生しているのか、本人もまったく理解していない。始めて1年になるが週に1回、事業所に検査や面接のため毎週金曜日に出向く以外は基本的に現場。説明を求めてもはぐらかさればかりで、要領を得ない。月にもよるが、月給は大体50万円ほど。金額には満足していたが、やはり何か不穏さがあり、日々その影は大きくなるばかり。
 運ばれ屋はある日の仕事終わり、マスクマンの尾行をする。ネットで尾行の秘訣を学んだため、バレることなくある駐車場にたどりつく。
 なんの変哲もない白のセダンから、背広で眼鏡の30代前半の年回りの男がでてきて、マスクマンの耳の下に指をおしこむと、一瞬にして、手のひらサイズになる。アタッシュケースに収納すると、運転席に乗り込む。
 その様子を固唾をのんで見ていた運ばれ屋が帰ろうとすると、巨体の黒服に背後から締め落とされ、意識を失う。
 目覚めると、現在は使用されていない立体駐車場。椅子に座らされ、ワイヤーで完全に固定されている。動くと激痛が走るため、おとなしくするしかなかった。そこに、先ほどの背広が現れる。そして赤と青のカプセルのはいった透明なケースを差し出す。
「青を選べば、この仕事に関するすべての記憶を失い、元の生活に戻る。
 赤を選べば、記憶を保てますが2度と戻ることはできない。
 選んでください。断っておきますが、あなたに危害を加えません」
 運ばれ屋はマトリックスの大ファンだったので、間髪いれず赤を選んだ。
とくに生きる目標もなく、変わらない日常などまっぴらだった。
「そうですか、では赤のカプセルをどうぞ」
 背広にカプセルを口に押し込まれ、ゴクリを飲み込んだ。視界がしろくなり、耳鳴りが脳をつんざき、意識が何か別の世界へいくような感覚に支配されブラックアウト。いくらかの時間が経過した。

 目覚めると、そこは2569年の未来だった。背広は未来人で、現代に派遣されたエージェント。マスクマンは人造人間。運び屋は背広の助手として働くことなり、バイオセキュリティ・チェックを通過し、コロニーにはいる。ドーム型で、外界からは隔絶され、位置としては山手線の内側にあたるらしい。外界は宇宙からの侵略者に滅ぼされ、世界の90%はかれらの手に渡っている。人類は侵略者と同族だが敵対している勢力と協力し、地球を取り戻す戦いを繰り広げている。
 生活にも慣れ、戦闘訓練を受け、強化細胞の移植によって超能力をみにつける元運ばれ屋。40万字ほど端折った末、地球をとりもどす。英雄として新世界の地球の統一政府の重役に抜擢されたが断り、自然豊かな、かつて北海道だった大地で隠遁生活をおくることにした。
 ふと、元運ばれ屋は思った。
「あの謎の仕事には何の意味があったのか」
生涯を終えるまで、ついぞ明かされることはなかった。確かなことはこの新世界においても、蒙古タンメン中本は人気であり、白根誠さんがご存命であることだけ。これは何の話なのか、作者もそれは知らない。神のみぞ知る。
 今日の夕食はシマチョウのピリ辛炒めである。合掌。

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