2099年の賽銭泥棒(2)

 前日の2099年の賽銭泥棒をナナめ読みして頂きたい。なんとか終わりまで書いていく所存。とはいえそれすら面倒という読者諸氏のために、ざっくり言うと「賽銭泥棒を試みるうら若き乙女をストーカーする、私の話」
である。場面は彼女をオカズになにがしに耽って、夜も更け、明けた頃。

 「私」は当年とって27歳。読者諸賢と同じく誕生直後、産湯につかる間もなくDNA解析をされ、物心がつく前からロボットとAIに英才教育を受け、
18歳で適正職業診断書を担任から渡され今に至る。極所作業用ロボット工場の管理責任者である。と言っても、ほぼ自動で、ロボットや産業機械が生産から管理まで行っているので、やることは少ない。しかし、ハッキングやクラッキングなど日常茶飯事なので、その場合にネットを遮断して生産をしなくてはいけないので、私と後輩の鶴田がいる。加えて、ロボットがいかに優秀でも責任はとれないので、そういった要員でもある。
 時計も夜8時を回り、工場を後にする。それを鶴田の奇声があっさり切り裂き、口内の毛のごとく不快さでまとわりつく。新卒で入ってきた初日に焼肉に誘ってきたと思えば、高い商品から断りなく注文し、トイレへいくといって颯爽と消え失せる。そんな芸当をこなし、私語は機関銃であり、私の集中力は穴だらけ、鶴田の仕事も穴だらけである。
 やっとの思いで撒いて、あの神社の草葉の陰で彼女を待ち受ける。虫の音と夜のにおいにソワソワしていると、いつも青いワンピース姿で彼女があらわれた。いつものように甘いバニラのような香りをさせ、周りを伺いながら、賽銭箱に近づいていく。そしてまた手を突っ込んでみたり、ゆすってみたりするが肝心の小銭はとれない。寸前で動作が止まってしまうのだ。
 良心の呵責が彼女を思いとどまらせているのか。ならなぜ、ほぼ毎日やってくるのか。その時、何者かの腕が私を羽交い締めにする。しまった、神主についに発見されたか。
「先輩、水臭いじゃないですかぁ、あんな美女のお知り合いがいるなんて。
あ、ストーカーですか? この鶴田も混ぜくださいよぉ」
 地獄である。人の恋路を邪魔するのが三度の飯をしのぐ生活習慣のこの男が、いつまでも見逃すなど見通しが甘すぎたか。
「断じてストーキング行為などではない。れっきとしたボディガードなのだ、私の邪魔をせずさっさと帰り給え鶴田君」
「おやおや、彼女、帰るようですよ」そう言って、私に先行して後を追う鶴田の袖をつかみ、なんとか引き留める。「僕も彼女とお近づきになりですな」「そうはさせん腐れ河童め」そんな不毛な会話をしていると、烏帽子(えぼし)、狩衣(かりぎぬ)、笏(しゃく)、差袴(さしこ)、浅沓(あさぐつ)という神主衣装フル装備の神主としか思えない、しょくれ顎の壮年男性が背後からやってきた。「君たちもストーカーか? もう一人は新顔のようだが」
 大の男が三人、神社の真ん中で睨みあって、重苦しい静寂が支配したかと思ったとき、神主が堰を切った。
「追わなくてよいのか。ストーカーの風上にもおけぬ愚か者よ、私はいくぞ、私が彼女をもらってしまうがいいかね」
「彼女は誰のモノでもない」私はそう言って、すでに勝手知ったる道中をいく。鶴田に神主まで加わっているが。はたから見ればさしずめ百鬼夜行だ。
「それにしても先輩、まだ結婚しないのですか? 紹介のメールぐらい役所から届いているでしょう」
 大きなお世話といいかけたところで、鶴田はさらにつづける。
「先輩と違って人並みに青春を謳歌していますから。テニスサークル、合コン、夏祭りにあれやこれや。かくかくしかじか、なんだかんだ」
 言葉を返す気力もない私の記憶にあるのは、生来の人見知りを拗らせ、AIのアドバイスをことごとく無力化させるキャンパスライフ。勇気を振り絞った初風俗店も、緊張で息子は屹立することなく、塩をくらったナメクジも同然で帰宅。ほぼ思考停止状態の就職活動。青春の謳歌など夢にもみない。
 気づけば、彼女のマンションまでやってきていた。闇夜には不気味すぎる神主が笏をエントランスの奥、エレベーター前をさす。
「あれは彼女じゃないか? もう一人いるな、ふむ」
彼女のとなりに「男」がいる。脳髄が音を立てて粉々に砕け散り、季節外れな除夜の鐘の幻聴が耳小骨を乱打する。慌てて、隣家のブロック塀の陰に隠れる。身長は180センチはあるだろうか。整った顔立ち、すらりと伸びた足、上下ジャージだというのに何故かスタイリッシュ。つまり、世間でいうところのイケメンである。しばらくして、二人が乗るアウディのような乗用車がマンションの駐車場から去って行ってしまった。
 言い知れぬ敗北感に、鶴田の嫌味も、神主による男女関係の蘊蓄も耳にはいらず帰路につくしかなかった。何故か鶴田は、同居人のように冷蔵庫から大事にのんでいる8万円のワインをとりだし、勝手に反省会を始める。心ここにあらず。幾度となく経験する、草葉の陰からの孤高の失恋。これもその一つになってしまうのか。その行方は、明日の2099年の賽銭泥棒(3)につづく。かもしれない。

 2000字を超えたところで、限界に達し、明日に先送りということでご容赦願いたい。これ以上書くこともないので、今日のディナーについて紹介しよう。蒙古タンメン中本。北極プルプル、麺大盛、フライドクラッシュニンニク、北極煮卵、ライス。デブまっしぐらとしか言いようがないが、うまいのでしょうがない。

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