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夢のまた夢
雑誌の巻末に『アイデア募集』と言う記事を見つけた。
『あなたのアイデアを題材にアニメを制作します』というものだった。
早速、書いてメールを送信。
初めての応募だった。
『採用される訳がない。でも、何事も経験だ。挑戦することに意義がある。』
誰も聞いていない言い訳を1人で呟いた。
後日、制作会社からメールが届いた。採用とのこと。あんなに飛び跳ねるように嬉しいと思ったことはなかった。
誰かに伝えたくて、伝えたくて、周りを見渡しても、聞いてくれるような友だちもいないことに気がづいた。
とりあえず、キッチンにいた母さんにだけ伝えた。
『僕のアイデアが採用されたよ。今度、テレビで放送されるんだよ。』
『ふーん。よかったね。』
素っ気ない態度。もう、慣れていた。
興奮も冷め出したころ、近くの商店街を歩いていると、近所の人たちが僕を見つけると、体をバンバン叩きながら、
『よかったねー。すごいねー。』
と、テレビで放送されることを我ごとのように喜んでくれた。興奮することはなかったけど、嬉しさが再び蘇ってきた。
放送予定当日。僕のアイデアが採用されたアニメ放送が始まった。まさしく僕のアイデアだ。しかも、有名なアニメだ。
こんなビッグネームのアニメのストーリーの展開が僕のアイデアだなんて、夢のようでまた、興奮した。
放送が始まって、間違いなく僕のアイデアであることを確認し、自宅の中にいた家族に声をかける。しかし、家族のみんなはそれどころではなかった。
歳の離れた三女の妹が、初めて自転車に乗れたらしく、みんな大喜びの様子。
母さんも、姉さんも次女の妹もみんな大喜びで、自宅の庭ではしゃいでいた。
僕は掃き出し窓を開けて、
『見て見て!僕のアイデアがあのアニメになってるよ!』
『あっそう!後で見るねー。』
声に悪気はない。でも、振り向きもせずに放たれたその言葉は、2階にいた父さんが聞いていたレコードの音に負けていた。
1人でリビングを陣取り、テレビを見つめる。画面ではエンドロールが流れ始めた。
『アイデア協力・・・・楢崎一雄』
と、僕の名前が画面の右から左へと流れていった。家族のみんなは見ていない。
数日後、またあの商店街を歩いていると、
『見たよー!よかったねー!』
と口々に声をかけられた。
その声は、僕が有名な大学に入学が決まったときにかけられた声援に似ていた。
ふと、ある疑問が頭の奥の方から湧いてきた。一体、この人たちは誰なのか。なぜ、僕のことを知っているのだろうか。なぜ、僕のアイデアが採用されて、そのアニメの放送日まで知っていて、しかもちゃんと見てくれていたのか。
思えば、大学に合格した時も同じだった。
不思議な感覚を覚えながらも、嫌な気持ちにはならなかった。
しばらく経ったある日。姉さんから、
『あんたのアイデアのあのアニメのビデオ。見せてよ。どこにあんの?』
と言われた。
嬉しくなって少し目が潤んでしまった。
『んー、どこかなぁ?』
なんて、何でもなかったかのように振る舞い、録画したDVDを探した。探し物をしている僕を横目で見ながらも、見ないフリをして通り過ぎようとするする母さんに聞くと、
『あぁ、あれ?ビデオデッキの中で詰まっちゃって、出てこないのよぉ。早く、抜いといてよー。』
とめんどくさそうに、もごもごと呟きながらキッチンへと去っていった。
DVDプレーヤーを確認すると、確かに入ったまま抜けなくなっている。電化製品や電子機器には多少の知識があるので、外枠を外して詰まったDVDを取り出した。
『お姉ちゃん!あったよー!』
と叫ぶ。
『ありがとうー。テーブルの上に置いといてー。後で見るからぁー。』
と遠くから返事が返ってきた。
『あぁ、今見るんじゃないんだ。』
と、ちょっと淋しさを感じた後、虚しさが込み上げてきた。
さっきとは違う感情で、また目が潤んだ。
僕のアイデアが採用されたアニメでは、主人公が独りを感じるようになってから、大切なものは何かを次第に理解していき、最後には仲間に助けられていることに気づくというストーリーだった。
離れて行ったかつての仲間を恨みながら、新たな職場へと移らざるを得なくなる。その新たな職場の中で出会う人たちから、かつて仲間だった彼らの本当の気持ちを知るにつれ、自分が愛されていた、信頼されていたことを知る。周りが変わってしまったのではなく、変わったのは自分だったことを知る。そして、同業者の集まるパーティ会場でかつての仲間たちと再会し、みんなの本音を聞くことができ、本当の友情というものを初めて知る。
それは、現実の自分にとって仲間を求めていたが故に理想としていた世界観だった。
数ヶ月過ぎて、プレーヤーから取り出したDVDは、テレビの横に置かれたままだった。そして、その翌年の春。僕は大学を卒業し、就職と共に家を出た。誰にも祝福されないまま。
職場のデスク。
いつの間にか僕はパソコンの前で居眠りをしていた。照明もパソコンも全てオフ状態にされる昼休み。周りの人たちはまだ、昼寝をしている。
モニターの黒い画面には僕が映っていた。僕は夢を見ていたようだ。僕のアイデアが採用され、テレビで放送された夢を。
夢は見るものではなく叶えるものだと、就職が決まったとき、父さんが言っていた。さらに、仲間を信じられない奴は、誰からも相手にされなくなる。何があっても信じてやれ。とも言っていた。夢の中ではレコードを聴いているだけだったが。
僕は夢を叶えることができた夢を見ただけだった。現実では、何も叶ってなどいない。
相変わらずひとりぼっちのままだった。
黒くなったモニターに映る自分を見つめながら、夢の中で放送されたアニメの主人公と自分を重ねる。主人公はたくさんの仲間に囲まれて、本当の友情というものを実感していく。現実の僕はまだ、夢の途中だ。
昼休みが終わる。一斉に蛍光灯が灯り出す。パソコンを立ち上げる。
一通のメールが届いていた。
『貴殿の企画書、拝見しました。早速ですが、プロジェクトチームを発足します。来週から本社へお越しください。』
夢が叶った瞬間だった。
嫌いだった上司が嬉しそうに近づいて来る。
『よかったなぁ!聞いたよー!お前の企画が通ったよー!』
と、大喜びだった。普段は怒ってばかりの課長だったが、我ごとのように喜んでくれていた。周りにいた同僚からも、祝福を受けた。普段から僕は嫌われていると思い込んでいた
が、こんなにも喜んでくれるなんて思いもしなかった。
『ははーん。これもまた、夢の中の夢だなぁ。』と思った。
翌週。本社に出向き、プロジェクトチームが発足され、企画は動き始めた。現実的に。
チームリーダーから聞かされた。
『君の企画書を通すために、君の課長だった野原さんは何度も社長に頭を下げてたよ。よっぽど君は信頼されてたんだねぇ。それに、君の同僚で西崎っているだろう?彼、俺と同じ大学で後輩だったんだけど、あいつも言ってたよ。あいつは人付き合いが苦手なだけで本当は真面目でいい奴だったって。仲間からも信頼されてたんだねぇ。』
嫌われてる、干されてると、勝手に思い込んでいただけだったことに気づかされた。
夢の中の夢の話ではない。現実は、夢の中の夢の話のような現実だった。
僕は気づいた。
プレーヤーに挟まったDVDは、母さんが見たからプレーヤーに挟まっていたのだ。
テーブルに置いたはずのDVDが、テレビの横に置かれていたのも、姉さんが見たからなんだ。
知らない商店街のおばさまたちに囲まれたのも、母さんが話していたからみんな知っていたのだ。
僕の現状を知っていたからこそ、父さんはあんなことを言ったのだ。
あれ?父さんが話したのは夢の中だったか?
夢は見るものではなく、叶えるものだ。
信じてもらう前に、信じることだ。
愛してもらう前に、愛してあげることだ。
僕の目がまた、潤んできた。