【映像シナリオ・1シークエンス】岐路
①琵琶湖・俯瞰(夕)
琵琶湖大橋が架かる湖。
②あおぞら幼稚園・外(夕)
木造の園舎。大津市あおぞら幼稚園の看板がある。園の外で立ち話をする花岡笑子(30)と宇野愛(34)の横で、闘いごっこをする花岡尚也(6)と宇野祐樹(6)。
愛「もう2月も終わりなんて、年長になってからめっちゃ時間経つの早いわー」
笑子「(茨城弁。以降同)そだね。尚也、祐君と離れるのつらいだろうな。卒園式って男の子の方が泣くって聞くから、きっと…」
愛「大人もよ。たまにしか送り迎えしなくても男親の方がわんわん。お兄ちゃんの時そうやったわ。笑うでほんま。あ、お父さん来られることになったんやったっけ?」
笑子「うん、年度末で忙しい時期だけど何とか都合つけるって」
愛「よかったな。ついでにキャンプまでおってくれたら助かるのに。男手少ないし。ま、無理や思うけど」
笑子、やさしく笑う。
③県営住宅・一階の郵便受け前(夕)
301花岡、の表記の郵便受けを開け、郵便物を取り出し、目を通しながら階段を上がる笑子。尚也、後に続く。
④同・階段(夕)
階段を上がる笑子、封筒の手書きの宛 名を見てにこやかになり、裏返すと、茨城県北茨城市×××花岡哲也とある。
笑子「尚也、お父さんから手紙来てるよ」
⑤同・花子の部屋(夜)
縦長2Kの室内、家具は少く簡易な物。奥の六畳間の布団に尚也が寝ている。はだけた掛け布団をかけ直し、尚也の 顔を見つめる笑子、立ち上がり襖を閉め、玄関寄りの四畳半の部屋に移る。
卓袱台の上、封の開いた花岡からの手 紙を握りしめ考え込む笑子。携帯電話を出しボタンを押そうとするが止める。
チラシの束と封筒の束を持ってきて、チラシを一心不乱に三つ折りにする。
⑥白雲荘・全景
琵琶湖大学保養所白雲荘の看板。
2階建ての建物の脇にロッジが並ぶ。
⑦同・グランド
湖畔前のグランドで駆け回る尚也、祐樹、宇野素樹(6)。木陰のテーブルに座 る笑子、愛、山田治(21)、澤田美湖(19)。
卓上に『春休み琵琶湖保養キャンプ絆』と印刷されたチラシが置かれている。
愛「今回はボランティアの学生さん、どのくらい来てくれるんやろ?」
山田「京都や大阪の大学にも声かけたんで、結構集まると思います」
愛「男子も? 多い?」
美湖「女子の方が役立ちますよ。あ、もしかして年下のイケメン、狙ってるとか?」
愛「ちゃうわ。今回、男の子の参加増えそうやし、男子学生の方がダイナミックな遊びしてくれるから喜ぶねん。茨城から来る花岡さんのお友達んとこも男の子やったな?」
美湖「え、茨城から? 福島じゃなくて?」
笑子「あ、茨城も結構放射線量高いんですよ。私のとこは福島市よりもずっと」
愛「そうやで。なのに、線引きされて、補償は一切なし」
美湖「えー、全然? ほな、どうしてるんですか? ああ、余裕があるし出来るんかー」
笑子、困った顔で押し黙る。
愛「あんな、澤田さんやった? 皆そない余裕ある訳やないよ。移住するも残るも大変な思いで……ま、ええわ。山田君からしっかり聞いて勉強しといて」
美湖「(ふてくされた小さな声で)私、モーニングヨガの指導頼まれただけやしぃ」
山田「すみません、花岡さん」
笑子「いえ、知らなかったらそう思いますよね。二重生活なんて長く続けられるものではないですし」
俯く笑子。場が静まる。
笑子「(ぼそっと)尚也が学校に入って落ち着いたら仕事探そうと思ってます」
愛「え、絆カフェ辞めるん?」
笑子「保育士の仕事、再開出来たらなって…」
「ママー」と尚也が祐樹、素樹とやっ て来て、卓上にどさっと土筆を置き、また走り出す。その姿を目で追う笑子。
⑧走行中の車内(夕)
運転中の愛、助手席で沈んでる笑子に、
愛「何かあったん?」
笑子「え? 宇野さんには何でもわかってしまうね」
愛「今日ずっと変やもん。仕事のことも初めて聞いたし」
笑子、後部座席の尚也、祐樹、素樹が寝ているのを確認して、
笑子「主人から手紙が来て、帰って来いって」
愛「またかー、寂しがり屋さんやなー」
笑子「今度のはちょっと違うみたい。尚也が小学校上がるまでの約束だぞって。そんなこと言ってないのに……」
赤信号で停車。愛、笑子を見つめる。
笑子「3月末に茨城に戻らなければ離婚も考えてるって……」
愛「ちょ、そんな急に離婚なんて一方的すぎるわ。ちゃんと話し合ったら、何とか、な?」
笑子「そりゃ別れたくね。でもわがんなくなってきた。家族が大事だから故郷離れて来たけど、結局私のせいでこんなことになって」
愛「あかんて。東北の人は我慢しすぎや。自分責めて誰が喜ぶの。尚ちゃん? 旦那? 責任放棄してるエライおっさんらだけやんか!」
と、後ろからクラクションが鳴る。
動き出す車。窓の外を見つめる笑子。
⑨県営住宅・笑子の部屋(夜)
襖は閉まっている。四畳半の間に笑子と花岡哲也(32)が向かい合い座っている。
哲也「(茨城弁・以降同)俺がどれだけ頭下げても戻って来れねえって言うんだな?」
伏し目がちに小さく頷く笑子。
哲也「じゃ、仕方ね」
哲也、鞄から封筒を出し、中の紙を笑子の前に差し出す。離婚届とある。
哲也「ハンコ押して後で送ってくれ」
笑子、困惑した顔で首を振る。
哲也「父ちゃんたちは尚也だけでも連れ戻せって言うけど、こんまい時は母親の側がいい。それにあいつはもうここの子だ。全然訛ってね。お笑い芸人みてえだ。友達もいるし」
笑子「でも、パパが大好きだよ。何でパパは滋賀にいないのって、いつも聞くんだ」
哲也、黙って眉間に皺を寄せる。
笑子「無理かな、哲ちゃん。お義父さんたちにもう一度話してみてさ」
哲也「父ちゃんたちだけのせいじゃね。長男の俺が代々の家や墓捨てれっか? それに小さくても町の人には大事にされてんだ俺の工務店は。都会と違って代わりはねえのさ」
笑子「尚也の父親も代わりはいねよ」
哲也「おめえ若く見えっから大丈夫だ。父親になる男、いくらでもいるさ」
笑子「それ本気で言ってる? 私にとっても哲ちゃんの代わりになる人なんていねえよ」
哲也「(強く)ならなんで戻れんのさ? 雨でも雪でもいまじゃ皆外で元気に遊んどる。考え過ぎなんだ、笑子は」
哲也、壁に貼られている保養キャンプのチラシを剥がし、くしゃくしゃにし、
哲也「こんなこと、何も意味はねえのさ」
と言って、放り投げる。
チラシを拾い、丁寧に皺を伸ばす笑子。
笑子「ごめん、ごめんね、哲ちゃん。哲ちゃんの思い聴いてあげられなくて……私はこのキャンプで救われたの。尚也が原発事故後、見たことないぐらいの量の鼻血を出したり、ひどい下痢や手足がパンパンに腫れたりして病院行った時、心因性ですって言われただけで帰されて」
哲也「(遮って)あそこは評判いい先生だからって笑子が言ったんだべ」
笑子「うん、でも、ずっとずっと不安だった。だから哲ちゃんや茨城の友達には言えないこををキャンプで一杯聴いてもらえて救われたの。……なのに、一番大切な人の気持ち、聴けてなかったね、私。もう、遅いかな?」
哲也、笑子が持つチラシを奪い取る。
哲也「専門家よりこの人たちを信じて家族ばらばらになって、間違ってたらどうすんだ?」
笑子「大事なことをいつも専門家やえらい人たちにゆだねてたら、私は一体いつ自分の人生を歩けるの? 正解なんてないなら、自分で……自分で決めたいの」
哲也「人に道も聞けなかったおめえがな。強くなったな笑子」
笑子、悲しそうな顔で哲也を見る。
哲也「(静かに)帰るとき持ってぐから押しといてくれ。入学前に名前変えといた方が…」
笑子、花岡にしがみつき、涙声で、
笑子「哲ちゃん、ごめん、ごめんねー!」
⑩あおぞら幼稚園・ホール・中
正面に二〇一四年度卒園式の飾り文字。
保護者数十名二列に並び、向かい合い、両腕を伸ばし、前の人と手を握る。
副園長の声「あおぞら恒例、波乗りダイブで卒園生を見送ります。次は花岡尚也くん」
尚也「はい」と手を挙げ、つながれた腕の上に飛び込む。「尚也、尚也」の大合唱の中、腕が大きく揺れ、尚也の体が宙に浮き進んでいく。哲也と手を握り尚也を待ち構える笑子、泣き笑い。