【映像シナリオ・1シークエンス】人生、最上の瞬間《とき》
①のぞみ助産院・全景
日本家屋の平屋、庭木が紅葉している。のぞみ助産院と札がかけられている引戸が開き、中から、塚本慎也(32)と、少しお腹が膨らんだ熊谷真樹(35)が出てくる。真樹、家の中に向かって、
真樹「では、また来月に。食事日記がんばりますね。有難うございました」
戸を閉めた真樹、塚本を見て微笑む。
②疏水沿いの道
紅葉した樹木が並ぶ疏水沿いの小径。真樹と塚本が手をつないで歩いている。
真樹「普通の病院と全然違うね。いいところ紹介してもらって良かった」
塚本「丁寧だよな。親身になって話聞いてくれるし」
疏水の川面に舞い落ちた葉にうっとり する真樹。
真樹「場所もいいよねー。予定日は二月だから、あの山も雪化粧して綺麗だろうな」
疏水の先に山が見える。
塚本「本当にあそこで産めたらいいよな」
真樹、ちょっと顔をしかめる。
塚本「お腹触ってる時、あれ?って顔してたんだよ、一瞬。ちょっと気になるなー」
真樹「えー、大丈夫だよ。私、健康だけは自信あるんだから」
③藤城市立病院・全景
街中の大きな病院。救急車が出入りしている。
④同・産婦人科外来の廊下
産婦人科のサインのある廊下、診察待ちの人で溢れている。隅の公衆電話で
真樹、大きなお腹をさすりながら、
真樹「(ピーっという発信音の後で)もしもし授業中にごめん。いま藤城病院なんだけど、最悪。なんか入院することになっちゃった。パジャマと歯ブラシと、ま、適当に持って来て欲しいんだけど、お願いね」
受話器を置き、窓の外の殺風景な駐車場にため息をつき、すぐ傍の混んでい
る椅子に腰かける真樹。沈んだ顔をし、頭を抱え首を振る。
真樹の声「やだやだ、こんな大病院で器械に囲まれて産むなんて、絶対いや!」
⑤同・病室の中(夜)
電気を消した病室。ドアがノックされ、戸が開き、荷物を手にした塚本が驚いた表情で立っている。開いた戸で廊下の明かりが部屋に入り、ベッドの上の真樹が見える。点滴を受け、お腹に巻かれたベルトにつながるモニターが光っている。顔は目隠し状態である。
真樹「慎ちゃん?」
塚本「なんだ、起きてたの?」
心配そうな顔でベッド脇に近付く塚本に、真樹、目隠しのタオルを取り、
真樹「重病人扱いで厭になっちゃう。明かりは駄目だし、トイレに行く以外は絶対安静にだって」
塚本、話を聞きながら部屋を見渡す。
真樹「広いでしょ。妊娠中毒症は差額ベッド代なしでいいってさ。不幸中の幸いだよね」
笑みを浮かべる真樹に、ほっとした表情の塚本。笹川菜月(34)が入って来て、モニターの記録紙をチェックする。
真樹「このベルトずっと付けっぱなしですか」
菜月「いま大丈夫でも急に悪化するかもしれないでしょ。お産は病気じゃないって言うけど、あなたは病気になっちゃったの。必要ないことはしないわよ」
部屋を出る看護師の背にふくれっ面をする真樹。
塚本「のぞみ助産院と全然違うな」
真樹「数字しか見てないんだから。慎ちゃん、私、絶対ここ出るからね」
塚本「で、先生は何て?」
真樹「休みの間しばらく様子見て、検査は正月明けみたい。よくなってたら退院出来るし、助産院で産むことも可能だって」
塚本「そうか。俺も鍼灸の学校の先生に色々聞いてみるよ。大丈夫、俺たちの子だもん」
真樹こっくり頷く。塚本、真樹の額にキスし、目の上にそっとタオルを置く。
⑥八幡神社の境内
大勢の初詣客で賑わっている神社の境内。勢い良く柏手を打ち、祈る塚本。
× × ×
大吉のおみくじを引き、喜ぶ塚本。
⑦藤城市立病院・病室の中
ベッドの上でお重に入ったおせち料理をおいしそうに食べる真樹。病院食は
殆ど手をつけていない。横に座る塚本、嬉しそうに真樹を見ている。
真樹「お義母さん上手だね、おいしー」
塚本「でもさすがに三日目になると飽きるよ」
助産師の名札をした飯島瑠美(27)が入ってくる。塚本、慌ててお重を隠そうとする。
瑠美「お正月ですもの、いいですよ。内緒ですけど」
頭をかく塚本に瑠美、優しく笑う。
瑠美「熊谷さん、調子はいかがですか?」
真樹「目がちかちかするのもおさまったし、尿の量も少しずつ増えてきてるみたいです」
瑠美「良かったですね。明日は予定通り検査がありますから」
⑧同・病室の外の廊下
病室の外の廊下でパイプ椅子に座る真樹、戸が開いたままの病室の中を覗き 込む。清掃員がベッドのシーツを変えているのが見える。通りかかった瑠美が真樹に気付き声をかけようとすると、小走りにやってきた白衣の安原敏弘(44)がレントゲン写真を片手に大きな声で割って入ってくる。
安原「おー、熊谷さん。大変や、これ見て」
安原、レントゲン写真を真樹に向け、
安原「ほら、こんなに肺が真っ白や」
困惑し、よく理解できない様子の真樹。
瑠美「先生、こんな所で……」
安原、瑠美を無視し、あっけらかんと、
安原「今日か明日かやな。早《はよ》出してやらんと」
言うだけ言って立ち去る安原。真樹、呆気にとられ、小さな声で、
真樹「うそ……」
と呟き、お腹に手をあて肩を震わせ、目からはぽたぽたと涙が落ちてくる。
瑠美、真樹の背中をそっとさする。
⑨同・病室の中(夜)
消灯した部屋。ノックがして戸が開く。瑠美が入ってくる。目を開けている真樹に向かって、
瑠美「眠れませんか?」
首を縦に動かす真樹。
瑠美「もうあがる時間なんですけど、熊谷さんのこと気になって。手術、明日ですよね」
真樹「あーあ、自然分娩はあきらめても、せめてあと一週間、お腹にいさせてあげられたらNICUに入らなくても済むかもしれないのになあ。ですよね?」
瑠美、モニターの動きを見つめる。
瑠美「でも、赤ちゃん、出てきたがっているかもしれませんよ」
真樹「(むっとして)飯島さんまでそんな器械の方を信じるなんて。24時間一緒にいるのは私ですよ。まだ元気にお腹も蹴るし、私が一番赤ちゃんのことわかってるのに!」
涙を手で拭う真樹。瑠美、黙って真樹を見つめる。
真樹「食事も気をつけて、ヨガも続けたのに」
親身に頷く瑠美。真樹、興奮を押さえ、
真樹「人生で最高に幸せだった瞬間はいつ?って亡くなった母に聞いたことあるんです。そのとき母は、あなたが生まれた時よって…」
瑠美の目から一筋の涙がこぼれる。
真樹「それ聞いたとき、あー、私も絶対にそんな瞬間を味わいたいなーって思った……」
瑠美、ハンカチで目を押さえる。
真樹「だから助産院を選んだんです。陣痛促進剤や会陰切開、病院側の都合で管理されるなかでのお産なんて考えられなかったから」
真樹、言い過ぎたという顔で瑠美に、
真樹「でも、病院は病院で必要だとは思いますよ。私みたいに病気になったら、(声を落として)悔しいけど……」
瑠美「熊谷さんの頑張り、赤ちゃんが一番よく知っていますよ、きっと。そう思います」
瑠美、会釈し、扉へ向かい、振り返り、
瑠美「私、前に流産して……おやすみなさい」
真樹、目で瑠美に礼をする。
⑩同・手術室の外
ストレッチャーに乗せられた真樹、手術室の前で心配そうな顔して立つ塚本
に手を差し伸べる。塚本、真樹の手をしっかりと握る。微笑む真樹。横にいた安原が、
安原「ほな、行きますわ」
と言って塚本の肩をぽんと叩く。手術室の中へ入る真樹を見送る塚本。
安原の声「妊娠中毒症って昔やったら母子共に死んでる病気ですわ。いまでもないことはないけど、ま、まかせてください」
手術室扉上方のサインが手術中と点灯する。それを見て手を合わせる塚本。
⑪同・手術室の中
赤子の泣き声が激しく聞こえる中、手術台の真樹、目隠しをとってもらう。
助産師(29)に抱かれた赤子が真樹の胸に置かれた瞬間、ぴたっと泣き声が止む。真樹、赤子を涙交じりの満面の笑で見つめる。