詠み人は父の友・その2「こども」

 以前、詠み人は父の友と題して半世紀以上前に書かれた短歌をいくつかとりあげた。
 無名の歌人のおじさんが残した歌には私の知っている「こども」がたびたび登場する。兄ふたりのことだ。天涯孤独だったおじさんにとって彼らは友人の子以上の存在であった。
 読みながら兄たちのことをうらやましく思った。血のつながりのない人からそんな風に愛されていたことをだ。
 そして自身に問うた。他人の子にそれほどまでに愛情を注いだことがあるだろうか、別れの時をそれほどまでに悲しんだことがあるだろうかと。
 いや身内の、甥や姪に対してもだ。
 今年の帰省は、成人した甥、小・中学生の姪たちとの貴重な時間を丁寧に味わいたい。

 以下に兄二人の名前は伏字にして(長兄▲▲次兄▼▼漢字2字4音)、
おじさんの遺稿集より二十数首を記す。


 まずは長兄三つすぎ、次兄十ヶ月のころの歌から。
 
 たまさかに我れを寝る夜をよろこびて、
               好き好きと頬を案する▲▲《おさなご》

 物言わぬみどり児にして▼▼は、抱《いだ》け遊べと我にせがむも

 
 長兄があの重たい黒電話の受話器を握りしめ、くるくる巻かれたコードに指を絡めながら大好きなおじさんに電話をかけている様子が目に浮かぶ歌。

 梅雨《つゆ》の日を退屈しては▲▲が、勤めの我に電話を呉るる

 雨の今日、何して遊ぶと我が問えば、線香花火と答うる電話

 我を恋い、遊びに来てと電話する、
               ▲▲は今、三年八月《さんねんやつき》

 
 二歳半違いの兄弟。小さい頃はどこの子も上の子を真似て大きくなる。

 ▲▲が、枕を持ちて我が床に、来れば▼▼も、まねて入り来る

 みぎひだり、▲▲▼▼我が讀める、絵本聞きつつねむらんとする

 
 病が重くなり仕事を辞め、長年縁を断っていた実兄のところに身を移したおじさん。兄たちとはなかなか会えなくなる。

 ▲▲を▼▼を思い涙流す、逢う事難《かた》く、病み臥《ふ》せりつつ

 ▲▲も童《わらべ》となりて友多く、
               此の我れをやや疎《うと》みそむるか

 心通う、人皆去りて、幼な児の、二人の児のみ、親しき友なる

 友の妻(母)が病気のため友の長男を清瀬に連れ帰って10日間を過ごしたおじさん。1960年代は同じ東京でも清瀬はずいぶん牧歌的であったようだ。

 幼な子と山羊を見ている此のベンチ、乙女二人が隣に語る

 森の中▲▲つれて蝉の子の穴をさがせど、遂にみつからず

 かかる深さ 林の中を行く事も初めてならん、町の子なれば

 児《こ》をつれて、林をゆけば徒歩旅《かちたび》を、
               乳母を行きたるむかしを思う

 
 実兄宅に半年いたあと、心を寄せる友(父)の母(祖母)と弟(叔父)が住まう大阪へ。商売が上手く行き家も広く独身だったからとはいえ兄の友を受け入れ4年も同じ屋根の下に暮らすとは、いまでは考えられない。兄弟、友人間の関係の濃さに時代を感じ入る。
 そしてあるとき、友の妻(母)のさらに長期の病により、友の次男が大阪の家に預けられることになった。
 (幼き頃、半年もの長い間父母のもとを離れ暮らした次兄。おじさんのこの遺稿集の歌を詠む前には私が知り得なかったその事実に驚く。)

 兄も友も居ぬ大阪に▼▼は日々ひとり遊ぶ我をたよりに

 祖母にまた叔父になつかず▼▼はただひたすらに我にすがれる

 肉親の、縁うすき我が夜毎に、友の子に歌う子守唄かな

 いとけなき、▼▼がそばに居る故に、病いの日々も永く覚えず

 鼻汁《はな》が出た、うんちが出ると▼▼は、
               すべて、我のみたよりとするも

 鼻をかむすら我手ならではきかぬ児よ、
               別れなばたちまち吾《わ》を忘れんに

 
 
わが人生の最後の友かと歌った二歳児が、大阪を離れ東京へ戻ったあとに歌われた歌。
 
 幼な子を駅に送りてさびしくも春日に帰る古き町筋
 
 手をとりて嬉々と歩みし▼▼は、居らず此の橋ひとり渡るも

 ▼▼と日毎来《きた》りし駄菓子屋も、縁なくなりて唯見て通る

 
 
それから死期を自覚したおじさんは、葬式の面倒まで友の弟(叔父)にかけたくないとして、宮城県にいる二番目の兄のところに身を寄せることになり、友(父)一家はその夏、家族5人でおじさんを見舞った。
 仙台のたなばた祭りの写真が残っているので当時3つだった私にもかすかな記憶がある。

 手元にあるおじさんの遺稿集は私が生まれる十月《とつき》ほど前に編まれたので私の歌は見当たらない。
 でも、もしかしたら私のこともそのときに詠んでいてくれたかもしれない。

 二月《ふたつき》後、おじさんは不帰の客となった。享年51だった。
 
 

 

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