昭和の青い鳥

第一章: 昭和レトロに憧れて

アオイは、平成の時代に生まれたにもかかわらず、昭和の文化に強い興味を抱いていた。特に昭和レトロなものに惹かれ、その時代の音楽やファッション、雑貨には特別な思い入れがあった。週末になると、彼女は近所の骨董屋やレコードショップを訪れ、古いレコードやヴィンテージ雑貨を探すのが楽しみだった。彼女の部屋には、昭和のポスターや雑貨が並び、まるでその時代にタイムスリップしたかのような雰囲気が漂っていた。

アオイの両親もまた、昭和の時代を生きた世代であり、彼女の趣味に理解を示していた。母親はよく、昔愛用していたレコードや雑貨をアオイに譲ってくれた。その中には、彼女が子供の頃に夢中になったピンクレディーのレコードも含まれていた。アオイはそのレコードを何度も聴き、当時の華やかなアイドル文化に思いを馳せるのが日課だった。

ある晴れた日の午後、アオイは母親から譲り受けたピンクレディーのレコードをプレイヤーにかけた。部屋中に流れる「ペッパー警部」のリズムに乗って、彼女はベッドに腰掛け、目を閉じた。音楽に包まれながら、アオイは昭和の街並みやファッション、そしてあの時代の人々の暮らしを想像していた。

突然、耳をつんざくような音と共に、彼女の周囲がぐるりと回り始めた。目を開けると、部屋の景色が歪んでいくのが見えた。音楽が次第に遠ざかり、代わりに聞こえてきたのは、街の喧騒と古い車のクラクションの音だった。アオイは驚きと恐怖で胸がいっぱいになり、目を見開いて周りを見回した。

気がつくと、アオイは見知らぬ場所に立っていた。そこは、昭和の街並みそのもので、周囲には古い商店や、モダンなファッションに身を包んだ人々が行き交っていた。彼女の目の前を、レトロなデザインの自動車がゆっくりと走り抜けていく。頭上には、古びた看板が軒を連ね、商店街にはどこか懐かしい匂いが漂っていた。

「ここは…どこ?」アオイは、震える声でつぶやいた。まるで映画のセットに迷い込んだかのような感覚だったが、すぐにそれが現実であることを理解した。自分が昭和の時代にタイムスリップしてしまったのだと気づいた瞬間、アオイは驚愕と不安に襲われた。

「どうしよう…戻れるの?」彼女はそう呟きながら、ポケットからスマートフォンを取り出した。しかし、画面には何の表示もなく、電源が入らない状態だった。充電が切れたのか、それともこの時代では使えないのか…アオイには分からなかった。頼りにしていた現代の技術が、ここでは何の役にも立たないことに気づき、彼女の不安はさらに増していった。

「落ち着いて…まずは、状況を把握しないと。」アオイは自分に言い聞かせ、周囲を見渡した。近くの商店の前に立っていた中年の女性が、アオイに気づいて微笑みかけてきた。彼女は、その女性に近づいて話しかけることにした。

「すみません、ここはどこですか?」アオイはできるだけ落ち着いた声で尋ねた。女性は親切そうに微笑みながら答えた。

「ここは東京の銀座よ。どうしたの?迷子になったの?」

「東京の…銀座?」アオイは驚いて繰り返した。確かに、昔の銀座の写真で見たことのある景色が広がっていた。だが、現代の銀座とはまるで違う、昭和の香りが色濃く残る場所だった。

「ええ、そうよ。」女性は優しく答えた。「大丈夫?お友達とはぐれたの?」

「ええと…そうかもしれません。」アオイは曖昧に答えた。この状況をどう説明すればいいのか、彼女には全くわからなかった。

女性はさらに心配そうな表情を浮かべ、「もしかして、何か困っていることがあるなら、お手伝いしましょうか?」と申し出た。アオイはその親切に感謝しながらも、自分がどうしてここにいるのか、どうすれば元の時代に戻れるのかが頭の中をぐるぐると巡っていた。

「とにかく、少し歩いてみよう。」アオイは自分にそう言い聞かせ、女性にお礼を言ってから商店街を歩き始めた。彼女の心は不安でいっぱいだったが、その一方で昭和の街並みに対する興味も抑えきれなかった。彼女がこれまで愛してやまなかった昭和の風景が、今まさに目の前に広がっているのだ。

アオイはしばらくの間、現実感のない感覚に囚われながらも、道を進んでいった。商店のショーウィンドウには、懐かしいおもちゃや古い雑誌が並べられ、彼女の心をくすぐった。レトロな喫茶店の前を通りかかると、中からはジャズが流れてきて、アオイは一瞬足を止めた。

「こんなところ、夢にまで見たかった…」彼女は小さな声で呟き、少しだけ微笑んだ。しかし、すぐに現実に引き戻され、彼女は再び不安に包まれた。

アオイは一体どうすればいいのか、このままここで生活するわけにはいかないが、どうやって元の時代に戻るのか、その手がかりすら見つけられなかった。誰に相談すればいいのかも分からず、彼女はただひたすらに歩き続けた。

すると、ふと目に留まったのは、小さな神社だった。石段を上がり、鳥居をくぐった先には、静かな境内が広がっていた。アオイはその場所に心惹かれ、何かここで解決の糸口が見つかるかもしれないと思い、神社に足を踏み入れた。

境内には大きな木が立ち並び、心地よい風が吹いていた。アオイはその静けさに包まれながら、ふと立ち止まり、空を見上げた。彼女の心には、これからの運命がどう展開していくのか、漠然とした不安が広がっていた。

「神様、どうか私を元の時代に戻してください…」彼女はそう祈りながら、静かに目を閉じた。しかし、答えは何も返ってこなかった。境内の静寂が、アオイの耳に重く響いた。

彼女はもう一度、静かに深呼吸をしてから、手を合わせた。何も解決しないままではあるが、この場所で少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。アオイは再び目を開け、現実を受け入れる覚悟を決めた。

「まずは、この時代で何ができるのかを考えよう。」彼女は自分にそう言い聞かせ、石段を降り始めた。元の時代に戻る方法を探しながら、この昭和の世界で彼女がどのように生きていくのか、少しずつ考え始める。

アオイは神社を後にして、再び賑やかな商店街へと足を運んだ。先ほどまでの不安は少し和らぎ、この昭和の世界を少しでも理解しようと心を落ち着けていた。歩くたびに目に飛び込んでくるのは、彼女が愛してやまないレトロな景色と、昔ながらの風景だった。

ふと、アオイはある雑貨屋の前で足を止めた。そこには、彼女の心を鷲掴みにするような昭和レトロなアイテムが所狭しと並んでいた。古いポスターや、昭和時代の香りがする小物たちが棚に並べられ、店内には懐かしさが漂っていた。

「こんな場所、まるで夢みたい…」アオイは呟きながら、目を輝かせて店の中を見渡した。ガラスケースの中には、古いおもちゃや雑誌、さらには今では手に入らないような貴重な品々がずらりと並んでいる。アオイは思わず、その中の一つを手に取り、じっくりと眺めた。

「それは、昭和初期のラジオだよ。今でもちゃんと動くんだ。」突然、穏やかな声が背後から聞こえてきた。驚いて振り返ると、そこには年配の男性が立っていた。彼は優しい笑顔を浮かべ、アオイに歩み寄ってきた。

「いらっしゃい、初めて見る顔だね。旅行中かい?」男性は親しげに話しかけてきた。

アオイは一瞬戸惑ったが、すぐに彼の親しみやすい態度に安心し、軽く頭を下げた。「あ、いえ…ちょっとここに迷い込んでしまって…」

「迷い込んだ?」男性は少し首をかしげながらも、アオイを観察するようにじっと見つめた。その視線に、アオイは少し緊張しながらも、自分の状況をどう説明するべきかを考えた。しかし、この不思議な状況を正直に話しても信じてもらえるのか、彼女には自信がなかった。

「実は…信じられないかもしれないけど、私は未来から来たんです。気がついたら、この時代に来てしまって…どうやって戻ればいいのか分からないんです。」アオイは勇気を振り絞って、自分がタイムスリップしてきたことを告げた。

男性は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにその顔を柔らかい笑みに戻した。「なるほど、それは大変だね。でも、君の言うこと、信じられなくもないよ。この店には、不思議な品物がたくさんあるからね。」

アオイは男性の反応に少し驚いたが、その温かい対応に心を打たれた。「そんな…信じてくれるんですか?」

「信じるかどうかは、君次第さ。」男性は軽く笑いながら続けた。「それに、君が困っているのは事実だろう?よかったら、しばらくこの店で働いてみないかい?ここでの生活に慣れるまで、世話をしてあげよう。」

「え…働く?」アオイは思いがけない提案に驚いた。しかし、今の自分に頼る人は誰もいないことを思い出し、この提案が唯一の救いだと感じた。「でも、私にできることなんて…」

「大丈夫、君は若いし、すぐに慣れるさ。それに、この店は忙しくないから、君がこの時代に少しずつ慣れるのにも、いい場所だと思うよ。」男性は優しく語りかけながら、アオイを安心させようとしていた。

アオイは少し考えた後、深く息を吸ってから頷いた。「ありがとうございます…それなら、お願いしてもいいですか?」

「もちろんだよ。」男性は微笑みながら手を差し出した。「私はこの店の主人、田中と申します。君は?」

「私はアオイです。」アオイは田中の手を握り返し、少しだけ安心した気持ちになった。

こうして、アオイは昭和の雑貨屋で働くことになった。彼女の新しい日常が、ここから始まるのだった。

続く☆


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