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わたし(たち)のからだ

 自分の体について考えていたら連想ゲームみたいにいろいろ思い出して、誰かに聞いてほしくなった。まとまりも結論もない文章なんだけど。

 先日はじめて、ナイトブラを購入した。
 2年前に出産をして1年の授乳期間を終えたあと、私の胸は、しぼみにしぼみきっていた。かつてはいわゆるお椀型をしていて、綺麗だねと人から褒められたこともあり、そこそこ気に入っていた胸だったのに。位置もずんと下がった。実際はたかが数センチの下垂だとは思うけど、感覚的にはおへその位置あたりにだらーんと下がってしまったような気がする。ブラジャーを着けている日中はまだマシでも、何も着けない夜になるととても気になる。そんなわけで、ナイトブラを使ってみることにした。
 購入したものは夜用にしてはホールド力があり、カップの中にしっかり肉を入れこむことができる。ちらばった贅肉をかき集めたくて、入浴後に鏡の前でしっかり確認しながらナイトブラを着けるのが習慣になった。
 真剣すぎてたまに眉間にしわが寄っていて、我ながら怖い顔をしている。

 こんなふうに胸のことばかり気にしていたけれど、昨日の夜に鏡を見ていて目に入ったのは、お腹だった。
 出産で変わったのは胸だけではない。私の下腹部には、ビキビキと伸びた妊娠線がある。「一度できると絶対に消えない」という恐ろしい評判があるそいつを予防するため、妊娠中は毎日毎日保湿クリームを塗っていた。なのに。
 慰めや共感を求めて「妊娠線 ひどい」と画像検索をしてみたが、私ほどの人は見当たらなくて余計に落ち込んだ。
 あんなに落ち込んだのに、昨夜ふと目を留めるまで、妊娠線のことなんかすっかり忘れていた。
 お腹が大きかったしるしとして、今もそこにばっちりバッキリ存在しているのに、いつの間にか「これが私の体」だと自然に思えていたんだな。
 ちなみにビキビキのお腹は、同時にぼよんぼよんのお腹でもある。

 胸のしょぼくれはどうしてまだ気になるんだろう。きっと本当に気に入っていたんだろう。自分の外見が大嫌いだった私の、数少ない好きなパーツのひとつだったんだろう。それは他人に褒められたことがあるから?

 十代のころは、「どうやら私の胸は他の人のそれより上についているらしい」と思っていた。襟が少しでも広めに開いた洋服を着たりすると、胸の谷間が見えてしまうことが多かったからだ。
 困ったのは部活のときだ。私は競技かるた部に入っていたのだが、競技のときはTシャツとジャージを着るのが決まりだった。
 かるたは正座で膝を少し開き、その中央にこぶしを置いて前傾するのが基本姿勢だ。そうするとシャツの首元が開くので、胸が見えやすくなってしまう。
 通っていた学校は女子しかいなかったので、普段の練習はあまり気にならなかった。でも学外の大会に出たりすると、老若男女問わない相手と抽選で当たることになる。
 部員によく、「あみは今日も『おじさんウハウハTシャツ』だね」とからかわれていたのを思い出す。嫌だった。
 首元のもっと詰まったTシャツを着ればそれでよかったんだろうけど、私にとって着心地のいいTシャツをそんな理由で諦めるのも、嫌だった。
 
 競技かるたといえば『ちはやふる』という漫画が有名だが、じつは『ちはやふる』の前にもかるたを題材にした漫画はいくつかあった。部活としても競技としてもマイナーだったので、「かるたの漫画が始まったらしいよ!」と私たちはいちいち喜んだ。そのうちのひとつを、買ってきてくれた子と何人かでわくわく読んでいると、「対戦相手は巨乳の女の子だ!胸が見えそうだ!ラッキー!」というシーンがあって、もうその先は読みたくなくなった。
 その漫画はすぐに打ち切りになったと記憶している。(という、私の願望からくる思い込みかもしれない。)

 「やっぱりこんな風に思う人がいるんだねえ」と私たちは笑ったが、本当はたぶん、みんなでもっと怒りたかった。


 ナイトブラを着けていて思い出したあれこれ、あまりにとりとめがないので、バラバラにXでつぶやこうと思った。だけど、この話全部、きっと同じ何かでつながっているような気がする。
 そしてそう感じているのは、大好きな西加奈子さんの『わたしに会いたい』という短編集を読んだばかりだからだと思う。「自分の体をとりもどす」ことへの憧れかもしれない。
 
 ブラジャーにきちんと丸く収まった私の胸は、ちいさくて、ぷりりとして、かわいい。
 ブラジャーをつけていないときだって、ちゃんとかわいい。私の胸だもの。


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