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映画「オットー」を見た夫が話す休日ブログ
カタカタと鳴るキーボードが心地よい午前6時の朝。すでに、家の近くでは鳥のさえずり、車輪とじゃりがこすれている。がたごと。朝7時には、自転車の音が聞こえ、カランカランと近づいてくる、ん?、、ああ、空き缶集めのおじいさん。いつもありがとう。朝8時になり、隣の会社シャッターがガラガラとオープン。そんな日常から始まった、今年もPC画面と向き合う朝。1年ぶり?、ブログと向き合う自分におかえり。
正月は映画「オットーという男」をみた。トム・ハンクス主演の、ハートフルな温かい映画だ。身籠っていた妻と旅行中に交通事故に出会ってしまい、小さな命と愛する妻を手放してしまってから、彼のすべては一変していくが、デジャブのように、大きなお腹を抱えたご夫妻が近所に引っ越してくる。頼りなさそうな夫と、おせっかいだが愛情深い奥さんがオットーの心をくすぐっていく。
なんてことない、今まで見たことのあるようなドラマの展開でも、ひさびさに自分の心に刺さる。一歩間違えれば自分もそんな人生を歩んでいたかもしれないと葛藤してみたり、今を強く生きようという思いがこみ上げる。オットーは70歳近くのおじさんだけれでも、頑固おやじな性格から、奥深くに根づくホントの優しさをご近所さんが掘りおこしていく映像が、ぼくの感動を誘った。
なんでここまで感動したのか。自分に問いただしてみると、心のスキマには「家族」の存在があった。まだ私にはこどもはいないが、数年前に大切な人と家庭を持つことができた。お正月になると集まる親戚と姪っ子・甥っ子の存在、いとこには新たな小さい命が宿ったとの素敵なお知らせもあった。この映画と共感できる部分に繋がったんだろう。
環境が一変するほどの出来事があれば、こんな素敵な人生も一変する。失いたくない。でも失ったとしても、ぼくはオットーのように変われるのか。それとも誰か変えてくる存在が現れるのかな。「自分ごと」のように感じとれた瞬間だった。
「夫?」「いや、オットー。」
日本人なら誰しも間違えそうなネーミングセンスだが、今、そして現在、過去でも「夫」として生きている(いた)あなたであれば見てみる価値ありの映画。さてさて、ぼくも「夫」としての役割を果たすため、家じゅうのゴミをビニール袋にあつめ、朝のゴミ捨てに行ってまいる。