おフランスでは、◯◯ざんす┃青ブラ文学部
おフランスでは日本料理が流行っているざんす。
という、イヤミの未確認情報を、鵜呑みにした、日本料理職人達は、続々とフランスに移住を始め、営業許可をとり、有り金を叩いて、開店を始めた。
若松という若い寿司職人もその一人であった。
開店当初は、物珍しいということで、一時的に繁盛したが、そもそもおフランス人と日本人とでは、決定的な味覚の違いがある。
おフランス人の味覚に合わせるように
食材に、果物の女王と呼ばれる「ラ・フランス」を用い、ラ・フランス握り、ラ・フランス巻きなどを提供した。
若松は、これで、商売繁盛を目論んだが、それも長続きしなかった。
そもそも、おフランスでは、人種差別が激しいざんす。
有色人種が素手で握った食物は、おフランスでは、口にするわけ無いざんす。
まあ、おフランスにも博愛主義者は
いるもので、人種差別しないおフランス人は来店したが、何しろ絶対数が
少ないもので、若松の寿司屋に来店する客は、それほど多くなかった。
営業に行き詰まった若松は、店をたたんだ。
そして、日本にいる父母に、金を工面してもらい、おフランスの地をあとにして、帰国した。
しかしながら、若松は、イヤミを恨むことはなかった。
これは、自分が選んだ道なので、仕方ない事だと悟った。
その後の便りでは、親戚縁者に借金をして、故郷の田舎町で、寿司屋を開店し、生活は成り立っていた矢先、回転寿司が地方に進出してきたため、若松の寿司屋は暖簾を降ろしたようである。
おしまい