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もろバス


もろバスは、毛呂山町を循環している小型バスです。
以下、もろバスの記録を紹介いたします。

もろバスの記録 「ルーツ編」


第5回毛呂山町地域公共交通活性化協議会 
「毛呂山町生活交通ネットワーク計画 (素案) 中間報告」に詳細があるのですが、もろバスの出だしを要約すると

平成 19 年 12 月 (2007年)

民間バスの撤退 • 東毛呂駅と目白台地区を結ぶ民間バス事業 者が、赤字を理由に廃止 • 「目白台循環バス廃止に伴う住民の交通手 段の確保に関する請願」が議会採択 

 平成 21 年 10 月1日 (2009年)

運行開始 • 高齢者等の日常生活支援及び公共施設の利 便性向上を目的に導入 • 埼玉県地域づくり提案事業補助金を活用し て車両を購入 • 運行経費(委託料)は、埼玉県ふるさと雇 用再生基金事業による全額補助

 ということで、もろバスは、目白台の請願により、出発したようです。

ここで、目白台の記録を見てみると1991年はバブルの崩壊開始その後、すぐには地価は下がらず安定していたのですが目白台開発時期は1997年着手
当時の価格、約5000万円~5500万円
これは、普通のサラリーマンが購入できる額ではなく、おそらく、高額年金層か開業医などの高収入者に限られるでしょう。

その後、不動産価値は次第に下落、1300万円程度で収束したものと想定されます。

こうなると、デベロッパーも新住宅の開発を見送り、その時点での目白台は1丁目と2丁目を合わせて、400世帯程度でしょう。
それらがすべて循環バスを使用するわけではなくマイカー通勤もほとんどなので、私が、目白台循環バスを見た頃はいつもがら空きでした。
循環バスも赤字撤退せざるを得ないことは理解できます。

足を奪われた目白台から、新交通手段の請願がなされ、「もろバス」の誕生に至ったと考えられます。

簡単に整理すると、目白台は最初に買った人が損をし、後から買った人が得をした。
2009年から「もろバス」は運航していますからね。

では、40年目となる「ゆずの木台」を見てみましょう。
開発当初の価格は、約2500万
この頃の高坂ニュータウンは3000万以上していたので、価格的には求めやすいでしょう。
しかも、好景気で、ベア定期昇給あわせて2万程度の時代だつたので、ローンの返済もかなり樂だと思います。
バブルの絶頂期には7000万以上で中古物件が販売されていました。

60年たつ「第一団地」は聞くところによると、100万以下だったそうですが当時の給料が1万数千円の時代だったので、やはり高価な買い物ですね。

再び、目白台に戻ると、現在4丁目がほぼ開発も終了し、1300~1400万の価格帯で、販売されています。
この価格帯であれば、共働きの若夫婦も手がとどきます。
反面、子供もち所帯では乗用車は2台程度必要でしょう。

ゆずの木台の中古物件が1300万程度で販売されていますが、建売建築物の寿命は一般的に考えて40~50年程度ですからこのあたりを考慮しないと、失敗します。

では、第一団地や第二団地が60年以上もっているのはなぜか、私なりに考えてみると当時は、優秀な職人が、コツコツと手作りしていて、しかも、良質の材料を使用していた。
さらに、コンパクトな間取りなので滅茶苦茶強度的に強いでしょう。
おそらく70年以上もつでしょうが、電気設備の寿命がいつ尽きるかが懸案事項となるでしょう。


初代もろバスの記録です。

2代目は町中を3台で運行しましたが、
初代は山コースと町コースの2台のみの運行でした。
その2台が中央公民館付近で同時に見られる珍しい映像が含まれています。

私はもろバスの姿を、初代から追い続けていました。





                                              完