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「ペクトラジ改」第5章:思春期の別離
剛は17歳。ヨドセは16歳に成長した。
パク家は、いつの日にか
韓国に帰ることを夢見ていた。
実家はもう無いが、せめて
釜山に移住したかった。
朝鮮戦争の傷跡も癒えて、釜山は本来の漁港として繁栄していた。
ヨドセは結婚すれば、日本人として残ることができるが
相手もいない。
剛はあくまでも、兄妹の関係であり、恋愛対象外である。
それに、やはり儒教社会において、父母の希望に従うのが
娘の宿命であろう。
ある日のこと、父親が関釜連絡船に乗り、日本の食堂から戴いた紹介状を持って、釜山の漁港の組織の長と面会した。
長も人を見る目がある。
一目で気に入り、漁港で働けるように手配してくれた。
あとは、住む処である。
幸い、金を積めば、安い共同住宅を斡旋してくれるらしい。
パク家は、必死に「日本円」を貯蓄していた。
日本と比較して、韓国の貨幣価値はかなり低い。
「貯蓄を住宅費に充てれば何とかなる。」
これで、釜山への移住は決定である。
早速、下関に舞い戻り、諸手続きを開始した。
引っ越しと言っても、衣類以外はあまり無い。
数日後には準備が整った。
引っ越し前のある日の午後、ヨドセは剛に別離の挨拶にきた。
剛の住む失業対策事務所まで訪ねて来てくれたので、早速二人はいつもの公園に場所を移した。
ヨドセは釜山移住の件を簡単に説明すると、別れの挨拶をした。
「ヨドセ、すまんのお、うちは貧乏じゃけん、贈り物はなにも無か。今は夏じゃけん、クローバーの花も無か。花冠も贈れん。」
「うちは何も要らん、その言葉だけで十分じゃ〜。」
ヨドセはそう答えると、剛の胸に顔を埋めた。
ヨドセの髪は、石鹸の香りがした。
そして、ヨドセは唇を剛のほっぺに軽く押し付け、耳元で囁やいた。
「アンニョン(さよなら)」
剛はヨドセを抱きしめ、そして、少し離れて、右手を差し出した。
「ヨドセ、元気でな。」
二人はしっかり握手を交わした。
ヨドセは後ろ向きになり
10数歩歩くと、振り返り
もう一度、「アンニョン」
の言葉を発すると、クルリと背を向け、思い切り走り去って行った。
剛は、その場に佇んだまま、いつまでも、ヨドセの後ろ姿を追い続けていた。
続く