ワンナイトホラー 6

「そもそもの話だけどさ、ナイフはどこで」
 腕組みした状態で碇谷さんが僕を見下ろす。軽蔑するようなポーズとは違い彼女の目は揺れていた。
「サイフォンを買った時についでにもらいました」
 売人が僕にナイフを押しつけたかった素振りなのは伝えたところでだろう。

「おまけのほうが便利な代物の場合もあるとは」
「人殺しの言葉を素直に信じてくれるんだな」
 恋人同士の信頼関係によるものだと勘違いしてか碇谷さんの表情が嬉しそうに歪む。岩永はもう聞きたいことがなくなったらしく読書を再開していた。

「他人の趣味に文句をつけたくないが法律で裁かれないからって何回も人間を消すのは」
「僕が女性を殺したのは今朝がはじめてです」
 碇谷さんの思惑と違ったようで驚いている様子。透明人間事件の発生回数は覚えていないが被害者は全て女性だったはず。

「トオルさんはあくまでも模倣犯」
 本を読みながら岩永が先に答えを言ってくれた。
「手口が本物と同じかは知らないがな」
「このナイフが存在をしている時点で他にも便利なアイテムがあると考えるのが普通じゃない」
 数日後に骨董市が開かれるのを思い出したようで碇谷さんが笑みを浮かべていた。

 僕にガラス風船型のサイフォンとナイフを売ってくれた男は見つからなかった。服装や見た目にそれほど特徴もなく、別の場所ですれ違っていたとしても気づかないので仕方ないと個人的には思う。
 こうなるのが分かっていたら岩永みたいにあからさまな仮病を碇谷さんに伝えられたのに。

「売人を見つけていたらどうするつもりで」
「他にも便利なアイテムがあるか確認をして、できれば安く売ってもらう予定だったよ」
「使用済みで良ければナイフをあげましょうか」
「殺した記憶は消えてくれないみたいだからパス」

 しばらくして隣を歩く碇谷さんがいきなり謝ってきた。以前も不思議サークルに所属している柳原に初対面でなれなれしく声をかけた時も同じ行動を。
 おそらくは罪悪感の一種なのだろう。

「岩永はどうか知りませんが、僕に対して遠慮する必要はないですよ」
「ちょっと待て、どうして岩永ちゃんの名前が出てくるんだ」
「僕と似たような人種だと思っているので」
「真弓に合わせているだけの可能性もあるけどね。岩永ちゃんは自分の気持ちを口にするの下手だし」

 岩永ぐらい自分の気持ちをはっきりと伝えられるやつも珍しいと。
 風切り音か。
 昔ながらの悲鳴だな、というべきか上空から声が近づいて。骨董市では見つからなかった男が降ってきてコンクリートと衝突した。
 口元を両手で押さえる碇谷さんが落ちてきた男を確認してか涙目になり、黄色い声をあげる。

 かろうじて生きているようで男がへし折れた右腕をこちらに伸ばす。今から救急車を呼んでも無意味なのは丸分かりでナイフの性能を試すのにも都合が良さそう。ついでに人気もないから……細かいことはあとで考えるとしよう。

「碇谷さんにもこの人が見えてますよね」
 普段は人間の命を軽く扱いそうな碇谷さんが肉体を震わせながら二文字で簡潔に返事をしてくれた。
「どんな風に見えてますか、できるだけ詳しく僕に教えてくれません」
「両腕、両足が折れていて頭から血が出ていて目が血走っていて死にそうで」

 ナイフで頸動脈を切られて一気に噴きだした死にかけの人の血液が碇谷さんの顔面にかかった。彼女が青ざめて、コンクリートの上にへたりこむ。
 碇谷さんは自分の穿くスカートがめくれたら動揺をすると思っていたのにシルクのショーツを異性に見られても気にしないなんて。
 碇谷さんが質問かどうか微妙な一言を口にした。

「ナイフの効果がどこまでなのかを調べるために」
 こちらが答えて、数秒もしないうちに死にかけの人は消えた。碇谷さんの顔面にかかった血液もなくなっている。
「碇谷さん。僕はどんな人を殺しましたか?」
 顔色の悪い碇谷さんが律儀に教えてくれた。岩永が特別というわけではなくナイフで殺した人間以外は記憶がそのまま。
 これで岩永が覚えていたら……その前に碇谷さんを助けないといけなさそうだな。

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