痴漢スプレー
「アキちゃんは美人なのに男の子とか色恋の話とかぜんぜん興味ないよね」
「そうでもないよ」
アキの言葉にハルは目を開いて一瞬、箸の動きをとめた。
「好きな子とかいるの?」
アキは頬を赤くしつつ、こくりとうなずく。
「そっか」
「うん」
「届くといいね」
ハルは笑顔でアキを応援する言葉をならべる。
「ありがと。そうだ。ハルちゃんは電車通学だったよね。はい」
アキは痴漢スプレーと書かれているものをハルにあげた。おそらく催涙スプレーの一種なのだろう。
以前にハルはアキの誕生日にブレスレットをプレゼントしていたのでそのお礼かもしれない。
「ありがとう。でも、わたしなんか痴漢されないと思うけどなー」
「そんなことないって、ハルちゃんはかわいいよ。ぎゅーってしたくなる」
アキの言葉にハルは笑った。
帰り道。座席に座って、電車を待っている間アキからもらった痴漢スプレーを見つめていた。
「ハルとはともだち、だもんね」
痴漢スプレーを強く握る。
ノズルを押してしまったらしく、プシューと中に押しこめられてた気体がハルにふりかかった。
「もー、最悪」
電車に乗り数分でハルは異変に気づいた。いつもならぎゅうぎゅう詰めになるのに、今日はそれほど混んでいない。
というか、わたしのまわりだけ人がいない。わけでもないのかな。ちらほらと同世代の女の子や年上のお姉さんが多少だけどいるし。
「なんかさ、いい匂いしない?」
「だよねー」
ハルの前にいる他校の女の子たちがそんなことをつぶやき、彼女のほうをちらりと見ていた。
「これかな?」
ハルはアキからもらった痴漢スプレーをポケットから取りだした。その側面の説明書きに彼女は目をとおす。
次の日の放課後。ハルは普段はあまりつかわれてない空き教室にアキを呼びだしていた。
「プロポーズでもしてくれるの?」
アキの冗談に「そうだよ」とハルが返事をする。
肩を震わせたアキが自然と見開いた両目を細め。
「ハルちゃんの冗談は笑えないよ」
怒ったような顔つきで彼女は不満そうに言う。
「本気だよ。わたし……アキのこと好き」
ぎゅっ。とハルはアキのやわらかく小さな両手を包みこむように握りしめた。
ハルの言葉にアキはほっぺを紅潮させながらうつむいている。
「ほんとう?」
甘えたようにそう言いアキがハルの目を真っすぐに見つめた。
「うん。好き」
「ともだち、としてじゃないよね?」
「違うよ」
「そっか」
「そうなんだよ」
アキの熱がハルにもうつってしまったようで頬が赤く染まっていく。
「顔。赤いよ」
「アキだって」
「わたしも……ハルのことが好き」
「うん。知っている」
スカートのポケットの中からハルが痴漢スプレーを取りだした。
「やっぱり気が合うのかな。アキちゃんも同じことを考えるなんてさ」
アキは首をかしげた。
「あ」
つぶやき、自分の右手首に身につけているブレスレットにアキが視線を向ける。にやついていた。
「これも?」
「そう。痴漢避けのブレスレットなんだよ」
「そっか。へへっ」
アキがいとおしそうにブレスレットを見つめる。ハルを力いっぱい抱きしめた。
「うれしいよー。ハル」
「よかった。アキが喜んでくれて」
ハルに抱きついたままでなにかを考えているのかアキがうなり声をあげている。
「キスしたい」
「アキは意外とえっちだね」
「だめ?」
「いいよ」
「わたしも我慢してたし」
そう耳もとでささやきハルはアキにキスをした。窓から射しこむ夕日がそんな二人を照らしていた。