チヌの思い出
先日、テレビで、チヌ釣りの番組を見ていたら、子供のころの記憶がよみがえった。
あるとき、家の向かいのご主人が、大きな魚を持ってきてくれた。
今日の釣りでとれた、大物とのこと。
私はその大きさに、目を見張った。子供の手には抱えきれないくらいの、銀色の魚。
「あら、チヌですか」
と母が言う。向かいのご主人の顔がパッと輝いた。
「そうなんですよ。よくご存知で!」
チヌのことより、その嬉しそうな顔を、よく覚えている。大人になっても、こんなに嬉しそうな人がいるんだなと思って、その時私も嬉しかった。
向かいのご主人は釣りが趣味なのだけれど、家族はみんな魚が嫌いなので、うちに持ってきてくれたのだそう。
私の母は海の近くで育ったので、魚には詳しい。二人はしばらくチヌの話で盛り上がっていた。
母は、頂いたチヌをさばいて、その日の夕飯にした。たしか煮付けだったと思う。
チヌの身はとても白くて、さっぱりとして、優しい味がした。
当時の母の年齢に近くなったのに、私はチヌをさばけないどころか、魚を見てもチヌと分からない。お隣さんが持ってきてくれても、意気投合することはできなさそうだ。
ただ、年だけをとってしまった。
遠い、まぶしい思い出。