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Autechre〈オウテカ〉、『2022‐』の紹介
2024年10月21日,雑誌『METAL』にAutechreへのインタビュー記事が掲載された.これはファンにとって非常に衝撃的な内容であった.
前半は他のインタビューで聞いたことのある内容ばかりだったが,後半で核心をつく質問がされる.それは新しいアルバムについてである.インタビュアーは近々新しい作品をリリースする予定はあるかという質問をした.
2、3年に一枚のペースでコンスタントにアルバムやEPをリリースしていたAEだが,2020年に『SIGN/PLUS』をリリースして以降はライブアルバム以外の作品は発表していなかった.だからこそ新作に関する話は誰もが聞きたがっていたことだった.
しかし,Sean Boothはスタジオアルバムには興味がないという旨の発言をした.詳しい内容は記事を読んでほしいが,わざわざスタジオアルバムという体裁で作品をリリースすることに価値を感じていないようだった.
だが,創作意欲が衰えたというわけではない.彼らは現在ライブ活動に力を注いでいる.それが,『2022-(2022ダッシュ)』である.彼らがアルバム制作への興味をなくすほど夢中になっているこのライブについて紹介する.
[追記:2024年11月5日]
この記事を書いた翌日に新しいライブ音源がリリースされた.記事中ではまだリリースされていなかったという点に留意して読んでいただきたい.
コロナ禍以降行えていなかったライブ活動の再開が2022年3月に発表され,6月から始まった.アルバムがリリースされるたびに今までと全く異なる音楽を提供してくれるのがAutechreの最大の魅力だが,それはライブでも変わらない.2022年から始まったこのライブは,今までのどのアルバムとも異なる全く体験したことのない音楽である.
ここで,「セット」の説明をする.『2022-』は2014/15のライブと似ているポイントがある.それは,ライブのための素材がどんどん追加されていき肥大化していくことだ.下の表によって示されている.
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Autechre非公式wikiのaepagesに掲載されている表である(この表はまだ最終版ではないため注意してほしい).左の列にそれぞれの公演の名前が地名と日付で記されている.二重線で3つの段に区切られているが,一番上が公式リリースされている7公演,中央がリリース予定のもの(2024年11月4日現在),一番下がリリースされていないものである.
上の行がトラックリストで,50曲まであることが分かる.なお,これはファンが便宜上分けたものである.
このように新しいトラックがどんどん追加されていき,1つの巨大な音楽が形成されている.ライブではこの音楽の一部を演奏しているわけだ.2014/15のライブでも新しいトラックを後ろに追加していくという方式をとっていたが,始まる部分は変わらずに1曲当たりの時間が短くなっていた.そうではなく,2022-では公演ごとに始まる部分が変わる.
そして,表を見てもらうとわかるように,曲構成が似ている公演がいくつか散見されると思う.ファンは,曲構成が似ているそれぞれのかたまりを「セット」と呼び分類している.セットを分かりやすくするとこうなる.
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分かりづらくなってしまった感が否めないが,このまま説明する.赤で囲まれた10公演がセットA,青の2公演がB,黄の12公演がC,緑の4公演がDである.現在はこの4つのセットに分かれている.
セットA
一番最初,つまり2022年6月3日のバルセロナでのライブからがセットAだ.最後に行われたのは2023年10月6日のクラクフである.最長はアテネの80分.東京のソニマニで行われたライブもこのセットである(民度が高いためか唯一海賊版が存在しない).
内容は4つのセットの中で最もとっつきにくい物だと思われる.抽象的で,複数の音楽を同時に鳴らしたような非常に情報量の多い濃密な音楽.しかしとても聴いていて心地の良いものだと感じる.比喩するならば,液体のような音だ.ぽこぽことしたビートは水滴や泡を連想するし,メロディはプールの中に潜水したときのあの静けさを思い出す.究極的に練りこまれたサウンドデザイン.PLUSのecol4の発展形だと考えている.
心地よいと言っても,アンビエントとは全く異なる.随所で見られる金属音のざわめきは非常に暴力的でエキサイティング!
セットB
セットBに分類されているのは2公演しかない.2022年10月7日のロンドンでの2回目のライブと2023年10月26日のヴェネチアでのライブ.これは私が最も好きなセットである.Autechreの今までのキャリアのなかでも最高傑作だと思う.
まず,前半はセットAの延長線上にある音だ.ロンドンB冒頭のトラックはセットAのベルゲンとも共有しているもので,哀愁のある素晴らしいメロディ.また,ロンドンBの17分前後から見られるビートの応酬など,セットAと音色は同じだが,非常にノリやすいところがセットBの特徴だ.しかし,セットBの本領が発揮されるのは後半からである.
コロナ禍の最中,Sean Boothはスクラッチに興味を抱いていた(GescomのAMKS_1など).ターンテーブルに載せたアナログレコードを手で擦ることで音を出すテクニックだが,2022-のAutechreのサウンドはこれが取り入れられることで新たなステージへと足を踏み入れることになる.Bセットの後半からこのスクラッチパートが始まる.Autechreがヒップホップから影響を受けていることは周知の事実だと思われるが,それを直に味わうことができる音楽である.ビートも本当にすごい.正直この後半部分の素晴らしさを私の語彙で表現することはできないのでとりあえず聴いてほしい.圧巻も圧巻,あっかんかんである.
また,この後半部分はdrane3と呼ばれている.なぜこう呼ばれているかは聴いてもらえばわかると思う.
セットC
2023年8月27日のシドニーから始まる.直近の2024年10月4日のリガでのライブでもこのセットは演奏されている.この文章を書いている段階ではまだリリースされていないが,年内にリリースが予定されている.以下は海賊版を聴いた感想だ.
セットCの前半部分はセットBの後半である.本人たちも相当気に入っていたのだろう.そして後半から新規パートが始まる.セットCはとにかくパーカッションに重点を置いているようで,上ものは希薄.セットB同様にダンスミュージックとしての側面が押し出されている.終盤でチェロなのかコントラバスなのか,弦楽器のような低音が奏でられるセクションからがお気に入り.全体的にテンポがかなり速めで激しく,いぶし銀でクール.
セットD
2024年4月12日のリスボンでの2回目の公演が最初.現状におけるAutechreの最後のライブである2024年10月6日コペンハーゲンでもセットDが演奏された.セットCと同じく年内にリリースが予定されている.セットDは4つの公演全てで全体の長さがばらばらで,90分近いときもあれば60分のときもある.
セットC同様にビート主体でテンポも速め.さらにメロディも非常に豊富で,セットAのように曖昧なぼやけたサウンドを聴くことができる.中間部にあるメランコリックなメロディがかなり気に入っている.全体的に楽し気な雰囲気を感じる.とてもダンサンブルでのりのりになれる箇所もある.
以上が現在行われているライブ『2022-』のざっくりとした紹介だ.
次回のライブは2025年2月22日にマンチェスターで行われる.まだ見ぬセットEが来るかもしれないため非常に楽しみだ.
現在のAutechreは間違いなく全盛期だと思う.全盛期を更新し続けている.そんなAutechreの渾身の作品を聴くことができるのがこの『2022-』である.しかし,ライブ音源はアルバムなどに比べて影が薄くなりがちだ.だからこそ,もっと多くの人に聴いてほしいと考えてこういった文章を書いた.
年内にセットCとセットDが公式リリースされる予定のため,今こそ『2022-』を聴く絶好の機会ですぞ!
そして,スタジオアルバムへの興味もいつかは取り戻すと思うのでそっちも気長に楽しみにしておきましょう.