他責

他責をするやつは嫌いだ。そう言いながら他責をすることもある。しかしそんな自分を嫌いとはいえない。仕方ないことなのだ。

自分に甘いと言われそうだが、普段そう言われることはないので、変な気がしないでもない。しかし文章で表現すると自分に甘いやつになる。

いっそのこと他責を認めるのも一つかもしれない。一般的に。
でもそうはしたくない。自分のミスを人に押しつけるようなやつは好きにはなれない。言葉を選ばなければ、そいつはただのクズだ。関わり合いになりたくない。

ただ、自分以外の者のミスで自分が被害を受けたときにそいつを責めるくらいは許してほしい。誰に許されたいのかは置いておこう。強いて言うなら自分だろう。こんな駄文も自分に対する言い訳だ。誰かを憎むことを、蔑むことを、あざ笑うことを、その他諸々の負の感情を抱くことを、正当化するための。
「あいつのせいでこんなことをする羽目になった。バカなのか?バカだったか。忘れていた。」このような台詞を脳内で再生した回数はもう数え切れない。
改善を求めることすら馬鹿馬鹿しい。改善しないことを知っているのならそのためのエネルギーを使うなど無意味だ。ただ憎しみが募っていく。憎しみを少しでも和らげるため、理不尽に理由を求める。あいつはバカだから仕方ない。これは仕方のないことだ。起こっても仕方ない。そう、仕方ないのだ。どうしようもないのだ。だから静まろう。心安らかにいよう。間違っても殴りかかってはいけない。そんなことをしても無駄なのだ。そんなことをしてもこちらにデメリットしかないのだ。だから、この気持ちは静かに沈めていくしかないのだ。塵として深く沈めておこう。

自分にも原因があるかもしれないとは思えない。僕は悪くない。何か原因があったとしても、それは許容される範囲としか思えない。少なくとも、このような仕打ちを受けるほどのものではない。
正当な他責といっていいのではないだろうか。
正当な他責だろう。

そうだ、そうに決まっている。だから、見捨てることも許されるのではないだろうか。


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