スポットライトが消え、ゆっくりと幕が降りていきます。 それでも鳴りやまない拍手と歓声。余韻にひたりながら私は悠然と舞台裏に向かいます。 同じオペラ座の役者たちは満面の笑みで私に道を譲ってくれますし、たくさんの付き人たちは慌ただしく私の後ろをついてまわります。 楽屋には色とりどりの花束とプレゼントで埋め尽くされ、私のために贈られた手紙は誰よりも多くて箱いっぱいです。 私はこのオペラ座の看板女優でした。 私がまだ新人であった頃、異国の旅人が私を迦陵頻伽のようだと褒め称えまし
「先ほどの年若い蔵人、そなたを好いておるようだ」 望月の夜、日月護身剣が私に声をかけました。 「まあ」 私は両手に掲げた御剣を落としてしまいそうになり立ち止まります。 蛙の鳴き声と単衣のきぬ擦れ。遠くには女房たちの話し声がぽつぽつと漏れ聞こえます。 いつも通り、静かな後宮の夜でありました。 日月護身剣の言葉もまた、いつもの戯言でございましょう。 「はて、わずかに言葉を交わしただけのものです」 月が照らす渡り廊下を私はすり足でゆっくりと歩きます。 「では明日の朝、あの蔵人の顔を
肘掛けに持たれかかった梯儁は眉間に皺を寄せていた。閉じられた目の下の隈は深く額は汗ばんでいる。 狭野は声をかけるべきか戸惑ったが、呼びつけられた手前もある。 「大使。高千穂宮が末子、狭野でございます」 控えめに声をかけて頭を下げた。 「……ああ。申し訳ない」 梯儁はゆっくりと立ち上がって杖をついた。 狭野が肩を貸そうと近寄ろうとしたが、梯儁は狭野を制した。 「最近は疲れやすくてね。行こうか」 魏からの使者、梯儁の使節団が高千穂宮に入宮した。三日ほど前のことだ。 詔書、印、金
名探偵ボロンコの口髭がまっすぐからクルッとなる時、犯人は事件を起こそうとしている。 彼の前では殺人事件は起こらない。起こさせない。 だが、殺したいほど憎い相手を殺したぞ、という犯人の殺人達成感を満たすため、ボロンコは殺人偽装工作を行う。 小説家希望のジュリアンは毒殺、DV事件を通じて ボロンコを知り、インタビューをすることにした。
俺は探偵ボロンコ。個人事業主。 豪華客船に探偵なんて事件が起こりそうな気配がプンプンするだろ。 だが俺はそこいらの探偵とは違う。殺人事件が起こるのを阻止する名探偵なんだ。 なぜそんなことができるのか……。おっと、ちょうどいいところに犯人がやって来た。 どうして彼女が犯人だとわかるかは、俺の口髭を見てくれ。 口髭がクルッとなってるだろ。 え? わかりにくい? それはあんたの注意力が足りないからだ。 ともかく、俺の口髭がまっすぐからクルッとなる時、犯人は事件起こそうとしている。
丸いもが好きで好きでたまらない、僕。 僕は学校のお掃除係としてアルバイトをしている。 ゴミ拾いと称して丸いものを収集する愉快な日々を送っていた。 ある時、僕が拾った指輪を返して欲しいという女の子がやってきた。 しかも女の子は宇宙人だという。 指輪を返すかわりに別の丸いものを交換しようと僕が提案すると……。 女の子は大きなミステリーサークルを見せてくれた。
僕の学校の敷地は広い。テーマパークよりももっと広い。 寮に病院、コンビニに交番。スーパーだってある。 校門の他はしっかりた区切りなんてないので、学生でない人もたくさん歩いている。たぶん学校の敷地だと知らない人もいる。 学校の理事長は伊西・仁氏。 僕は学生の身分だが、理事長に雇ってもらいアルバイトをしている。 仕事は敷地のお掃除係だ。怖い意味のお掃除係ではない。 休日の朝は僕が大好きなゴミ拾いと清掃だった。 手に馴染んだ竹箒で地面をかく。腰を屈めて黄色の葉っぱを踏みしめるとシャ
「で、何かあるだろ」 徐夕はしゃがみ込み蟻を掌で遊ばせている。ジロリとツキを見上げた。 「何かと言っても……」 ツキは頬を掻いた。 徐夕の兄、徐市をあっと驚かせるような珍しい植物や鉱物などツキには思いつかなかった。 ここ数日、散々歩きまわったのだ。 「とりあえずあっちの方に行くぞ」 徐夕は蟻を地面に放して歩きはじめる。 山にどんどん分け入っていく徐夕に、ツキは黙々とつき従った。 体力には自信があるツキだったが、その差はどんどん広がってゆく。 「いたっ」 ツキがごつごつとした石
「ねえちゃ〜ん!!」 遠くから聞こえる呼び声にツキは顔をあげた。 陽は高い。 キラキラと輝く波打ち際に目を細めると、弟たちが海岸沿いを仔犬のようなすばしっこさでこちらへ駆けてくる。 「ねえちゃん! マレビトだ! ものすっごく大きな船が!」 真ん中の弟が目を輝かせて飛び跳ねた。 「クジラ岬?」 「うん!」 当然、という顔で今度は一番下の弟が元気よく言った。 「おっ父とじいちゃんが、船の近くに居たの見たんだ! 行ってみよう!」 一番上の弟の言葉に下の二人が嬉しそうに飛び跳ねる。
「迷わず飛べよ」 籠から放たれた渡鳥は帆柱を旋回し空に舞い上がる。翼に横風を受け流し難なく海風にのった。 渡鳥は陸地を目指して飛びはじめた。 スサがその方向を指差すと船の楼(たかどの)に立つ水夫が太鼓を乱打した。 「陸はあちらだ! 帆を張り舵をきれ! 漕ぎ手、用意」 船長の合図で水夫たちは一斉に動き出した。 スサは帆を纏める荒縄をほどき、素早く帆柱からすべりおりた。 「ほんとうに行った」 若草色の上等な衣を着た少年が船のへりから身を乗り出し、嬉しそうな声を上げている。 つられ
イワレビコノミコト。あるいは神武天皇。 神話の中で日本を建国したとされる人物である。 これは彼がまだ狭野と呼ばれていた頃のお話。 嵐の日、狭野はヒルメ、ツキ、スサという三姉弟に出会う。 狭野は間違って神様にとりつかれ不死の身体になったヒルメを救うため邪馬台国を目指して旅に出ることになる。 しかしヒルメに取り憑いた神様は自分の名前すらわからないポンコツだった。 旅の途中、不死の霊薬を探す徐福の子孫たちがヒルメを狙う。 ようやく神様が自らの名を思い出した時、狭野と三姉弟には永遠の