【クルツゲ】別れたあと(1065文字)

「いや、二十代の三、四年は大きいよ、ねえ、もし僕が病気じゃなかったら、三、四年は早く変化できた、今の状態になれたと思う、けど、いやこれは別にもっと立派な人間になれたということではなくて、結局おんなじような道をたどっただろうけど、三、四年早くたどれた同じ変化を通過できた、んじゃないかってことで……ただ、僕が後悔してる、とは思ってほしくなくて、だって僕は後悔してないんだから、つまり、たしかに結婚には至ることができなかったけど、そういう現在からみれば成功できなかった日々かもしれないけれど、当時の僕たちはそうは思ってなかった、決して悪い暗い日々ではなかった、むしろ互いに好きあった相手と一緒に過ごした輝かしい時間だったんだから、だからこそ、僕はまったく後悔してい」とまくし立てるTの背後から「悪い日々だったよ」という声が響き、テーブルの空気は凍り、Tの友人二人のうち一人はニャンパスの登場に肝を冷やし、もう一人は笑いを噛み殺すのに苦心していたのだが、びくりと肩を縮ませたTが振り向くと(かわいそうに、さっきまでの感情の盛り上がりがフーセンガムのように割れて萎びてしまったのを彼のお母さんがみたら、優しい沈黙で慰めてくれただろうが)ニャンパスは冷静な口調で途切れることなく話し続け、「Tくん何もしなかったでしょう、たとえ私がもう少しまじめに働いてくれって言っても」その冷たい淀みなさは悩みも愛情もすでに長い時間をかけて整理されていることを示しており、「あと一月だけ我慢してみてって言っても無視して仕事をやめたり、何か相談しようとすると自分は病気だからって誤魔化したり、旅行に行きたいって言ってるのに近所のフードコートで済ませたり」ニャンパスこと藤枝由香は友人の前でTの素性を暴露することにすらほとんど何の興味も抱いておらず「ゴムつけってって言ってるのに無理やり入れようとしてきたり、挙句は別れたいっていうたびに、死ぬ死ぬ裏切り者とか何時間も送り続けてきたせいで、私の方が病気になってしまったこと知ってるよね、知らないとは言わせないよ、これで仕事行かなくてもお金もらえるねって言ったこと忘れてないから……」いや、やはりこの「クズ男」への怒りは消えていなかったのか、しかし燃え上がりそうになるのを一呼吸置いて鎮め、「……とにかくそういうふうに美化しないで」当初のとおりTのナルシシズムへの嫌悪だけが心にあるのを確認すると、由香は明瞭な発音でこう告げた、「あなたは私の二十代を台無しにしました。あなたとの日々は私の人生で最悪の日々でした」

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