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【クルツゲ】理想の関係(786文字)

当分帰ることはないだろうと真剣な顔で告げた紙飛が、その日の晩に戻ってきたときも、吉田は驚かなかった。いつものことだから。むしろ帰ってきた、戻ってくることができるということの方に内心驚愕と安堵をおぼえていた。しかし、それを口にしたり表情にしめしたりしたら、魔法のような何かが解けてしまうかもしれない。そうしたらもう戻ってくることはないだろう。そういう不安から吉田は紙飛をまるで定時で帰宅した会社員のように迎え入れた。

吉田は紙飛の言葉を信じていなかった。毎回微笑みひとつ浮かべず長い別れを告げる、にもかかわらず翌々日中には帰ってきているのだから、信じないのも当然かもしれなかった。深い決意を秘めて玄関ドアの前に立つ紙飛を見ていると、こんなことをせずに家にいてくれたら二人の将来について前進することができるのにと思わずにはいられなかった。

でも吉田が本当に不安になるのは、紙飛の言葉は嘘ではないのかもしれないという考えがよぎるときだ。この人は本気で別れを、数年あるいは数十年の別れを告げているつもりなのだ。
「もしそうなら、いっそ戻ってくること自体奇跡的だ、ありがとうと打ち明けちゃって、あの人を守っている、というかもしかしたら妨げている魔法を解いてあげて、言葉どおり別れてあげた方がいいんじゃないか。二人の将来なんていうのは、ただ自分がそうしたいだけなんじゃないか、って気がしちゃうんだよね」
吉田のこういう悩みを聞いた友人たちは、問い返さずにはいられなかった。
「魔法って何」
「なんで打ち明けたら解けるの」
「解けたら帰ってこれなくなるってどういうこと」
「そもそも、毎回どこに行ってるの」
吉田はこれらの質問を前にしても、決してまぜ返したりそれらしい答えで誤魔化したりしなかった。口ごもったまま、首をひねっていた。そうしながら、立ち去る前の紙飛の表情や風采を思い出し、笑みを浮かべるのだった。

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