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【クルツゲ】池の思い出(610文字)

安太郎には横になっていると、見えるものがある。

聞こえると言った方がいいかもしれない。 

揺れているのだ。

そのとき安太郎は半ば眠っているので、その揺れが夢の中のイメージなのか、現実の音なのか区別できない。でもきまって、五年前に死んだ爺ちゃんのことを思い出す。

「昨日も爺ちゃんの夢見たよ」

ある朝安太郎が妻にそう話しかけた。テレビを見ていた洋子は電源を切って、彼に向き直った。

「また揺れている夢?」
「そう」
「魚みたいだね」
そう言われれば、揺れる水面に似ている気がした。

爺ちゃんもよく幼い彼を近くのため池に連れて行っていた。緑に濁った水面にうつる2人の姿、そんなイメージが彷彿した。

「そういえば、よく池に釣りに行ったなあ。爺ちゃんと」
「何が釣れたの」
「何にも。ただ釣竿を使ってみたかっただけなんだよ」

またテレビの音が戻ってきて、洋子の声の裏側で流れはじめる。

「懐かしいなあ」

四年後、帰省したさい、洋子と一緒に安太郎は、池のほとりに爺ちゃんが立ってるのを目にした。が、近づいても消えずよく見ると、親戚のお爺さんとお孫さんだった。

「やすちゃんとこは、お子さんはまだか」

お爺さんは屈託なく尋ねた。
死んだ爺ちゃんだって、もし洋子に会う機会があったら、似たようなことを似たような口調で言ってただろう。
安太郎は笑って誤魔化したその日の夜、眠る前にふとそう思った。

洋子と安太郎は二人で生きていくと決めていたし、じっさい子供を持つことはなかった。

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