【レゼイス】牧野信一「「悪」の同意語」前半

頼まれてたおしごとに必要な物品を忘れてきてしまったので、今日から一人読書会をはじめたいと思います。

今回読むのは牧野信一「「悪」の同意語」ということで、これはルビによれば「イーヴルのシノニム」と読むらしいです。きざですね。
内容は、まあいつものうじうじものという感じで、頭が基本的にどんよりしているぼんやりしたおっさんの半分日記みたいな感じ。小説というより。ただ、いつもとちがって、かなり長い。

ほんとは全部読んでから参加したかったのですが、かなり長いので、まあ半分くらい読んだしとりあえずよいかなと思ってしまいました。

まあ簡単に話?の流れだけさらっておくと、主人公(いちおう「彼」と三人称がつかわれてるけど、基本牧野じしん)は妻と三歳の息子をつれて、東京にでできた男。実家は小田原の貧乏士族。一年前くらいに父親が死んでからは、母親と清親なるおっさんから家を乗っ取られ、世間知らずさを小馬鹿にされたり財産をいいように管理されたり、そもそもその財産も父親の借金かなにかで底をつきかけていて、超大変。という、いつもの牧野の設定。

妻や母親とのやり取り、そのさいの自分の卑しい心の動きを露悪的にこまごま描写したり、Fなるアメリカ人女性にあこがれてアメリカへの逃亡を夢想したり(とはいえ風景描写とかはなく、幼馴染らしいFとの会話を妄想するだけ)、酒飲んで酔っ払ってなんとなくいい気分で散歩したり妻に八つ当たりして罵ったり物を壊したり妻にも物を壊すことをすすめたり。で、そのケンカの結果、母親と清親なるおっさんが不倫してることを妻からなじられて、ってことまでがだいたい前半。
まあ、こういう肉親のうじうじした争いと、そこからの逃避としての夢想の対比みたいな。
で、夢想のきっかけとなってるのがお父さんで、この人はアメリカに長く住んでて、向こうで(主人公の母に内緒で)Nという女性と子供ももうけた放蕩者という設定。あこがれのFとも、父親経由で知り合ったらしい。が、晩年主人公の妻の父が持ちかけた投資話に乗って大損したらしい。それが、妻とのケンカの大きな要因でもある……

的な感じで、話もかなりうじうじしている。

良いところは、深刻にならない、とぼけた感じがあるところ。
部屋の中で、机をあちこち動かして、どこにおいても集中できないし机ががたがたするみたいな描写を1ページ半くらいだらだらやってるとことか、まあいい感じ。
あと、仕事をしてない。いちおう作家らしく、だから机の置き場所にこだわったり二三日奮闘して何十枚か書いたりしてるけど、仕事をしてるって感じじゃない。この人はなんで家族を養えてるんだろうとおもうけど、そこにはとくに触れられないので、ああ人間仕事の話ばかりしなくてもいいんだという気持ちになる。

あと、こんな話なのでまるで知らない人の日記的な何かを読んでいるようで、全集が出ている作家の作品とはおもえない親近感がある。
文章もなんかぎこちなくて変だ。下のとかちょっと、大江の『同時代ゲーム』みたい。

「つまり、ヘンリー[父親のアメリカでの愛称]が死んだとなると、NとNの母が、どんなに俺の心を不安にするか、お前には好く解るだらう、さうなるとお蝶という女の話もお前にしなければならないんだが、そんな話をするとヘンリーに対するお前の好意が薄らぎはしなからうか? NとNの母が、どんなにヘンリーを憾むだらうか? なんて、ヘンリーの、実は忠実な倅は心配するのさ、あの頃のヘンリーの家庭、つまり俺たちの家庭が、どんな風で、なぜ彼が放蕩者になつたか? そのことも話さなければならないんだ、」

あと、妻の弟が女性らしい男性として書かれているのも印象に残った。妻と一緒に編み物をしたりするだけではなく、女性言葉で話してもいる。

牧野の他の作品とのつながりでいえば、

映画:「そんな幻を払ひ落さうとして、彼は、首を振つたり、肚に力を込めたりして躍起になつたが、相手の横意地の方が強かつた。……彼は、映画に映つた己れの姿を、否応なく見せられねばならなかつた。」(198頁)
「西瓜喰う人」っぽい。酔っているとき自分が何してたか覚えてなくて薄気味悪い(205頁)とかも。

「裸虫」、「朝鮮信托会社」、最近絵も描いてる、なども。

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