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『ローゼンガーテン・サーガ』時代設定について

ジークフリートを中心とした「中世英雄叙事詩」を大いに参照している漫画『ローゼンガーテン・サーガ』。
元ネタがあるのは分かるけど、じゃあ実際にいつ頃を舞台にしているの?というお話をします。

先に書いてしまうと、劇中時代は5世紀、西暦437年ごろと思われます。
実に今から1,500年以上前!なんとも豪快に「昔」のお話です。

そして、驚くべきことに(!)登場人物全員がちゃんとこの時代に登場できる理屈がついています。あんな内容の漫画なのに!!

『ニーベルンゲンの歌』

『ロゼサガ』は「ブルグント王国」が舞台となっています。実はこの国、実在していました。

現在のドイツ中部、ライン川流域に領地を持っていましたが、437年フン族に攻め滅ぼされました。

フン族の王アッティラの肖像。

この歴史的事件を元にかなりの脚色・ファンタジー要素が加えられ、『ニーベルンゲンの歌』『ヴォルスンガ・サガ』『エッダ』などのジークフリート伝説が書かれました。
そのどれもでジークフリートは道半ばで殺され、ブルグント王家は滅亡します。

似たような話で、中国では殷→周への王朝交代を元にファンタジーを加えた『封神演義』がありますね。

…余談ですが、故郷を失いながらも生き延びたブルグントの子孫はフランスで再興し「ブルゴーニュ」という地名を残します(ワインなんかで有名です)が、それはまた別のお話です。

ブルゴーニュ産ワイン。
「ロマネ・コンティ」など高級品が有名。

なので、これらジークフリート伝説に登場する人物は特にアレンジや考察の必要なく同時代人です。
具体的にはジークフリート、グンテル王、クリームヒルト王女、ブリュンヒルデ王妃、ゲールノート、ギーゼルヘア、ハーゲンらブルグント王家の面々。
『ニーベルンゲンの歌』後半から登場するアッティラ王。
終盤に登場するディエトリーヒ、ヒルデブラント。リュエデゲールも含まれます。

『ニーベルンゲンの歌』出典のキャラクターたち。多い。

『エッダ』からはファフニール、リュングヘイズ、ロヴンヘイズも確実に同時代です。

…これだけで結構な人数が埋まっていますが、別の出典を持つ人物も見てみましょう。

『ディートリヒ・フォン・ベルン』

ジークフリート伝説との関連性:大


出典こそ違いますが、ディエトリーヒなどベルン国の人々も同時代と言えます。なにせ原典の段階でクロスオーバーしちゃってますので。

前述のジークフリート伝説に登場こそしませんが、ディエトリーヒの部下であるヴィテゲ、ハイメ。親族であるエルムリッヒ叔父らは『ディートリヒ・フォン・ベルン』出典の同時代人と言えましょう。

『ロゼサガ』でのエルムリッヒ王。
元ネタの「エルマナリク」は様々な伝説で「好戦的」「獰猛」「狡猾」と言及のある人物。


『叙事詩 ベーオウルフ』

ジークフリート伝説との関連性:小


ベオウルフ、ウィーラーフ、ウンフェルスは『叙事詩 ベーオウルフ』が出典です。
実は『ベーオウルフ』には時代を特定できる描写がありません。
ですが、文中で語られる余談からジークフリートの時代と近いのではないか?と想像できる点が存在します。

原典中、ベオウルフが怪物グレンデルを倒した後、デネ王の家臣のひとりが「竜退治の英雄シイェムンド」の歌を披露します。
この「シイェムンド」、ジークフリートの父である「シグムンド」ではないかと言われています。

岩波文庫『叙事詩 ベーオウルフ』より。

また、ベオウルフへの恩賞として黄金や宝石がいかに値打ちのあるものか、例え話として「エオルメンリーチからハーマが盗んだ高価な宝石」が引き合いに出されます。
どうも「エオルメンリーチ」とは「エルムリッヒ」、「ハーマ」は「ハイメ」のことのようです。

岩波文庫『叙事詩 ベーオウルフ』より。

直接会うことはなくとも、同じ世界観(まぁそりゃ現実の歴史が下敷きになってますし)であることが伺えますね。

…ただ、問題点としてはこの話が出てくる場面、まだベオウルフが若い頃なんですよね。
それなのに、彼らの話が既に物語になってるということは、『ロゼサガ』とは逆にベオウルフの方がジークフリートらよりも後の世代なのでは?という疑惑があります。

『アーサー王物語』

ジークフリート伝説との関連性:なし


アーサー、ガウェイン、ケイ、マーリン。ランスロット、ガラハッド、ボールス、パーシヴァルらの原典はアーサー王伝説。
直接はジークフリート伝説に関わりません。

ですが、一般的に5〜6世紀ごろにブリテン(現イングランド)にいた勇猛な騎士たちの物語を混ぜこぜにしたものがアーサー王伝説に集約されたものと推測されています。

筑摩書房『アーサー王物語』1巻より。

『ロゼサガ』の437年は5世紀ですので、早い方に見積もれば同時代と設定することができます。
でもちょっと早いので、『ロゼサガ』でのアーサーはまだ若輩で円卓も揃っていない設定なのかも知れません。

『古事記』『日本書紀』

ジークフリート伝説との関連性:なし


ヤマトタケル、オロチ、土蜘蛛らは日本の歴史書『古事記』『日本書紀』が出典。

もちろんジークフリート伝説とは一切関係ないですし、時代設定も『古事記』にはまったく記述ありません。
『日本書紀』は細かく年数は書いてありますが、まるでアテになりません。

※ひとりの天皇が平気で130年生きてたりします。んな訳あるか!!?

なので時代の認定は考古学の方面になりますが…
伝説中でヤマトタケルは九州全土を攻め通っていますが、調査によると九州北部は4世紀ごろ、九州南部は5世紀ごろにヤマト朝廷の支配下にあったそうです。

青空文庫
『建国の事情と万世一系の思想』津田左右吉より。
どうもヤマト朝廷はあちこち多方向へ制圧軍を進めていたらしい。


おそらく、実際には100年近くかけてヤマト朝廷が制圧して回ったものを伝説で大きく脚色したと思われます。

なので、ヤマトタケルの活動時期を遅い方へ見積もればジークフリート伝説と合致させられます。

『アラビアン・ナイト』

ジークフリート伝説との関連性:なし


アリババ、モルジアナ、アラジン、シンドバットらの出典はご存じ『千一夜物語』『アラビアン・ナイト』。

原型となった説話は古いはずですが、編纂・成立は18世紀フランス。
実は結構遅くにできていますが、文中ではっきりと「ササン朝ペルシャ」の物語と書かれています。

岩波文庫『完訳 千一夜物語』1巻より。

ササン朝ペルシャは224年に建国、651年に滅亡しています。
ジークフリート伝説の437年を途中に含むことが可能ですね。

『木蘭辞』

ジークフリート伝説との関連性:なし


ムーランの出典は『木蘭辞』。
中国語で60行程度の短い詩であり、ゆっくり読み上げても5分程度しか掛かりません。

※YouTubeなどで『木蘭辞』を検索すると、いくつも朗読動画が出てきます。

文中に時代設定などは書かれていませんが、どうやら「北魏」の国で生まれたものという説が有力なようです。

北魏は386年建国、535年滅亡なのでジークフリート伝説の437年に合わせることができます。

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