深窓を覗いた日の話。
新しい生活が始まると
新しい出会いも増えていく。
歩く度に知らない人ばかりで
初めての世界に胸が踊る。
見渡すかぎり大人びていて
そこにいる人が同年代だなんて思えない。
負けないように背伸びして
毎日必死に追いかけてる。
知らない人に追いつこうとしてる。
そんな毎日はやっぱり疲れるもので
そんな時に見つけた私の居場所。
私が唯一背伸びをやめて
ありのままでいられる部室。
そこで出会ったあの人は
まるで “深窓の令息” だった。
最初の印象は、よく分からない人だった。
気怠げに話し、目も見てくれない。
私に興味がないのかと思ったら、
私の最寄り駅を聞いてきて
家近いね、なんて言ってくる。
それ以降、全然話さなくて
嫌われてるのかなと思ったら
帰り道に他の人たちと別れた後、
あの人から話しかけてくる。
ひとつ上の男の先輩。
私は文系で先輩は理系。
大勢が好きな私と1人を極めてきた先輩。
私の苦手な甘いものをあの人の大好物だし
私が聴かない音楽をあの人は好んで聴く。
唯一の共通点は、私も先輩も本が好きなこと。
ミステリー好きまで同じだった。
それだけでよかった。
ただ嬉しかった。
心を許せる場所で出会えた先輩と
打ち解けるのはあっという間だった。
先輩と初めて会った時、
とても顔が美しい人だと思った。
色白で細身で真っ直ぐな黒髪。
鼻の高くて整った横顔。
あの人の服装は綺麗めなものばかりで、
ロングコートが似合う人だと思った。
意識し出すのに時間はかからなかった。
すごくタイプだったから。
趣味が合わないのは知ってたけど
あの人のことを知りたかった。
どんなに些細なことでもいいから
少しでも話していたかった。
たった一つの共通点で1時間も話したっけ。
もっと一緒にいたかったから
先輩に勧めてもらった本を
頑張って読んで感想も話したりした。
傍から見たらどう見ても私は
先輩を好きな後輩だった。
ある日、ふと不安になった。
先輩には彼女がいるのではないか。
顔が整った人だし、居てもおかしくないから。
思い切って先輩に聞いてみた。
先輩、彼女いるんですか?って
彼女さんに誤解されたくないんで、って
返答は予想外だった。
うーん、なんて言うか、自分でも分からない。
意味がわからなかった。
思わず聞き直したが、
全く同じ返答しかなかった。
そのあとの会話は正直覚えてない。
でも先輩は、
先輩もあの人と同じだって
気付きたくなかったけど、気付いてしまった。
色白で細身で真っ直ぐな黒髪。
鼻が高くて整った横顔。
あの人の服装は綺麗めなものばかりで、
ロングコートが良く似合う。
私の苦手な甘いものはあの人の大好物だし
私が聴かない音楽をあの人は好んで聴く。
彼女の存在を濁した先輩と同じように
私が彼女であることを隠したあの人。
私が私が今まで出会った人の中で
1番大好きだったあの人。
別れてもう2年が経つのに
結局私が見ていたのはあの人だった。