イタズラなKiss 最終話の続き(2)
「あらあら、だめよ!琴子ちゃん」
「あ、おかーさん、おはようございます!」
朝早くから、キッチンに立つあたしにお母さんが怖い顔をした。
「妊婦さんの体は大事なのよ。さっさっ。あっちで座って休んでてっ」
「でも、あたし昨日、入江くんと約束したんです!」
こぶしをにぎって、あたしは目を輝かせた。
「世界一のパパとママになろーねって!!」
お母さんは、まー!といいながら、感動するように、赤い頬を押さえてる。
「っ、世界一なんて無理でも、この子の世界一のママになれるよう、頑張ります。
マタニティ用の運動プランや栄養満点の料理レシピも作って、しっかり健康管理もするつもりなんです!!」
何といっても看護士ですし!
「入江くんとの赤ちゃんを守るために!」
「で、でもォ」
荒れたキッチンを見て、お母さんは汗をかいた。
「ほっほら、つわりが始まると、今まで大丈夫だった食べ物を受けつけなくなったり、それに匂いを嗅ぐだけでも、気持ち悪くなったりするわよぉ」
ピーピーと炊飯器の音がなった。
「あっ、今ご飯よそいますね」
パカッ
むわ~
「うっ!」
炊きたてご飯の匂い、こ、これは……
「お、おかーさん。あたし、ちょっと……」
あたしは一目散にトイレにダッシュした。
何だか、何だか、気持ち悪い!
オエー!
「琴子ちゃん、琴子ちゃん」
お母さんがトイレにかがみこむんだ、あたしの背中をさすってくれた。
「うっ、うっ」
「大丈夫か?!」
「い、入江くん」
「つわりだな。急に自分が妊婦だって自覚したら、始まることもあるらしいし。いつもと違うことを、急にやりだすなよ」
お母さんが苦笑いをしてる。
「はっ!でも、こうなるなら、今のうちに、好きな食べ物食べとけばよかった!それに旅行だって。あっでも仕事がたまってるから無理か」
ふーっと残念そうに、ため息をつくあたしに
「琴子」
入江くんの真面目な声。
「はっ、はい」
「お前、しばらく休職しろ」
「え?」
あたしは驚いた。職場中心の生活だったし、今の状態からして、あたしが抜けたら……。
「で、でも。まだ受け持ちの患者さんも、引き継ぎも、報告書も、それにシフトも……」
「バカっ!!」
「ひっ!」
入江くんは怒った顔で、あたしに怒鳴った。
「妊娠初期は、しかも初産は一番、流産の確率が高いんだよ!
特に、体を使う仕事の妊婦は切迫早産の危険もある。
看護士は患者の付き添いや搬送、シーツ交換や重いものを運ぶ機会も多いし、
緊急ならやむ終えず、頼まれることもあるだろ」
「で、でも」
「でもじゃない!。半端に職場にでられると、かえって迷惑なんだよ」
入江くんは静かにいった。
「昨日、世界一のママになるっていったろ。自分の身も腹の子も守れないで、どんな患者を助けられるっていうんだ」
「お、お兄ちゃん。相手は妊婦さんよ。もう少し、やさしく」
キッと入江くんに睨まれて、お母さんも黙った。
入江くんはため息をついた。
「仕事の引き継ぎは何とかなるだろ。伝えるのは、オレも協力するし」
「お前は頼むから、ゆっくりしててくれ」
焦げた匂いと、積まれた調理器具がシンクに突っ込まれているキッチンを背後に、入江くんはいった。
「う、うん。ありがと」
入江くんは怖かったけど、だんだんあたしを気遣う言葉だと分かり、あたしは嬉しさが込み上げた。
「はらの子を一番に守れるのは、お前なんだからな。みんなも協力してくれるし」
「うん」
「じゃあ、休職届けは、オレが提出しておくから」
「あ」
入江くんは振り返った。
「料理はおふくろ、頼むよ」
「もちろんよー!」
「子供のこと考えるんなら、そうするんだな」
ムッとするあたしに、お母さんが
「まあまあ、体を使いすぎるなってことよ」
「はい……」
入江くんが出ていったあと、お母さんが笑った。
「ふふ」
お母さんは口元を押さえて、嬉しそう。
「お兄ちゃん、あれでもすっごく喜んでるのよ。浮き足立ってるっていうか」
「ええっ?!、あっあれで!?」
「生まれた時から見てきた親だから、分かるのよ。お兄ちゃん、とっても嬉しそう」
「おかーさん」
さー!琴子ちゃんは栄養つけなくっちゃね!腕まくりして張り切るお母さんを、ありがたく思った。
(入江くん。あたしと赤ちゃん守ってくれてるんだね。本当に喜んでくれてるんだ……うれしい)
ぎゅーっと胸がいとしさで、しめつけられた。
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