学校とは一点から一点への最長距離を教えるところ
彼は朝7時に起床した。
起床してすぐの5分程度はぼんやりするが、8時間きっかり睡眠をとればすぐに頭もクリアになることをこれまでの経験から心得ている。
YouTubeでヨガチャンネルを選択し、今日は上半身を重点的に行うつもりでいた為、肩甲骨周りを丹念にほぐす動画を選択する。
肩甲骨が思いの外軽くなったことを実感し、筋トレに移る。
腕立て・腹筋・背筋・スクワット30回のノルマを少々息切れを起こしながらも何とかやり切り、程よく疲れた自分のシックスパッドをちらりと確認し、にんまりする。
次に軽めのストレッチにかかる。身体の伸びに耳をすませ、日々の柔軟性の向上に満足する。
最後に近所の散策に繰り出す。言わば朝の散歩と言えよう。
「今日はこっちに行ってみようか」
日々変化するちょっとした気分を頼りに直感でルートを決定していく。
昨夜降った雨雫がきらきら光る紫陽花といった何気ない日常のかけらを拾い集めながらゆっくり歩く。
もしも、小粋なかごでも携帯していた暁には、かごの中は日常のかけらでいっぱいになったろうにと馬鹿馬鹿しい空想に耽る。
途中途中で会社なのか学校なのかパート先なのかに向かう男性、女学生、女性とすれ違うが、目は合わせないよう遠くを進みゆく飛行機を眺めるふりをする。
無事今日の散歩が終了し、やっとこさ朝ご飯となる。
まずは薬缶と鍋に水を入れIHのスイッチを入れる。鍋には1個の生卵をそっと落とす。続いてコーヒーミルにメジャー2杯分豆を測り入れる。豆はブラジルを選ぶ。
ミルをまわすとガリガリという音がしてその音の大きさとミルが回る感触で豆の酸化度合いを認識する。
フィルターをちょこっと置いたケメックスに挽いたばかりの粉を入れ、辺りに漂う香りを両親から受け継いだこの人並みの嗅覚で十分に堪能する。
丁度そんな折に薬缶からしゅしゅしゅという空気音が彼を呼ぶ。熱々のお湯を粉の上からゆっくり注ぎ入れ、「キープザハンバーグ」と厳かにまじないを唱える。
ケメックスに落ちてくるコーヒーをマグカップに移し入れ、最後にMCTオイルを流し入れる。
次に浅めのカップを取り出し、カスピ海ヨーグルトを大きめのスプーンで二匙。なかなかのねばりけだ、体に良い証拠。冷凍庫からブルーベリーを取り出しヨーグルトに散らす。
最後に茹でていた卵に水をかけて、つるっと殻をむき、マジックソルトを振りかける。
朝ご飯の完成だ。
彼はこれら今日朝1日の出来事を手紙にしたため、ポストに投函した。
宛先は担任である。
さて言い忘れたがこの彼、年の頃は11歳。
彼は大概のことが一人でできる。
なぜなら彼は学んだからだ。
両親、弟、祖父、飼猫のクロ、友人A君、友人B君、ガールフレンドEさん、床屋の店長、コーヒー屋の店長、書籍、ユーチューブ、SNS、音楽、植物、建築、その他ありとあらゆるものから学んだ。
彼の周りにいる人・物は全て先生だ。
自宅、公園、本屋、ディズニーランド、道端、ドトール、成城石井、その他ありとあらゆる場所が学校だ。
フランスの哲学者ジャン・ギットンは次の言葉を残している。
『学校とは一点から一点への最長距離を教えるところであると、私は言いたい』
彼の部屋に山と積まれた書籍の中でも、最も好きな言葉だ。
それから彼は今日の計画を立てた。
「世界堂でアクリル絵の具をたんまり買って、クロの絵を描こう」
彼のワクワクする1日が今日も始まる。
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