室井慎次 敗れざる者、生き続ける者感想 ネタバレ含みます
当時、このドラマが放映されていた時はさほど人気はなかったように思います。それなのに時代が追い付いたと言わんばかりにどんどんと人気が上がって行きました。
それなのにどういう事でしょうか。映画評論系Youtuberはこの作品の結末に対してゴミ映画だと酷評をしておりますね。もう少ししっかり見てから述べてほしいですね。
この感想にはひどくネタバレが含まれます。
まずこの映画のタイトルは室井さんの視点と第三者の視点では対義語になっています。
室井さんは一貫して「ある男との約束を成し遂げられなかった」と言っています。いわば組織に対しての敗北です。
定年も近い中で成し遂げられなかった約束を抱えて退職しました。
室井さんからすると「警察組織からの敗北者」です。しかし室井さんはそれだけで終わる人ではないです。
かつて犯罪の被害者遺族として静かに涙を流したゆきのさんに対して心無い聴取をした事がありました。
おそらくそれだけではないでしょう。犯罪に巻き込まれた家族に対して至らない点を事件を解決するたびに拳を強く握りしめながら飲み込んできたのでしょう。
犯罪に巻き込まれた子どもたちを里子として引き取る所から物語はスタートします。
敗れざる者は過去シリーズの細かいネタがふんだんに盛り込まれています。そして子供たちの一人「タカ」の背景も丁寧に描いています。
犯罪に巻き込まれた子どもたちの見えない傷を室井さんは元警察官として向き合い見守り続けるのです。
そして巷で話題の歴代最悪の犯罪者日向真奈美の娘。
彼女は登場初期からさまざまなフラグを立てています。
踊る映画3で日向真奈美が言った「オムライスを作ってやった。ガキが好きなオムライス」を思わず思い出すシーンもありました。
タカやリクを混乱させ、最後には車庫に放火をし、燃え盛る炎の中でかつての象徴だった室井さんのコートは焼失しながら敗れざる者は終わります。
敗れざる者にはまだ「元管理官」の室井さんがちらついているんです。
しかし室井さんは「第三者からの不条理には拳を握りしめて耐える」のですが「自分自身の事については物に当たって頭を抱える」のです。
さて、ここからは、生き続ける者についてです。
この映画が素晴らしいか?と言われますと、私にはわかりません。
ある人は北の国からのようだ。という方もいました。おそらくそれはエンディングが松山千春だったからでしょう。(北の国からはさだまさしだったような?)
ですが、室井慎次というキャラクターが人間として亡くなるにはここまで「誰も傷つけずにこの世からいなくなる」ベストな亡くなり方はないと思いました。
まず前述の通り、子供たち3人は犯罪に巻き込まれた子どもたちです。
杏に至っては獄中で極秘出産され生を受けたその日から「殺人犯の子ども」です。
杏は杏で苦しんでいました。「母親に愛される為に母親の言いなりになっていた」からです。
そんな杏は室井さんのガンロッカーを何度も解錠しようとします。
それを静かに見つけて「気になるか」と言って暗証番号が見えるように解錠。そのまま杏と外に出て「撃ってみるか」といいます。
勿論、ばれたら違法行為であること。何かあったら自分が責任を取る事を告げて杏の発砲サポートをしながら手順を教えます。
一発、大きな銃声と反動を受けて杏は怯えます。
「もう一発撃つか?」と室井さんは聞きますが「もういい」と杏は応えました。
「どして?」と室井さんは聞き返しました。「怖い」杏が初めて漏らした恐れでした。
室井さんはこの後、改めて杏に対して「人を傷つけるための力と思うから怖いんだ。守るための力と思えば怖くない」と言います。
明るい日差しの中、杏はそれまで隠し持っていたメスを室井さんに手渡すのです。
またリクにも似たようなシーンがありました。
明るく温かい温暖色の光に二人のシルエットがくっきりと浮かんでいました。リクにとっての「お父さん」が心に刻まれたシーンでもあったのかもしれません。
この後、リクは室井さんに「どうして結婚しないの?」と聞きます。
室井さんはたじたじです。でも、室井さんは警察官ではないです。
「恋はした」とぽろりと漏らします。
この日の室井さん、いつもとほんの少し違います。
「楽しい、お前たちの事を考えたり悩んだりするのが本当に楽しい」と。染み入るように話していました。
この後、さらに大きな事件が起きます。杏は人を守る為に武力を取り、リクは怯え、室井さんは立ち向かい、タカは最も正確な手段で助けを呼びます。ここは割愛します。
さて、世間一般で酷評であるシーンについて触れていきましょう。
そうです。室井さんは亡くなります。
秋田犬を探す為に吹雪の中に探しに出て遭難して、亡くなったのです。
ですが私、どうしても気になって気になって調べました。
舞台である秋田県には山岳警備隊があるのか?
秋田県には標高3000mを超える山がないため山岳警備隊というのはないんです。
実は山岳救助隊と山岳警備隊は元の組織が違います。
山岳救助隊は消防が元の組織。山岳警備隊は警察の組織なんです。
そう、つまり・・・。室井さんは最後に救護活動してもらったのは警察ではなく「消防」だったんですよ。
私これ本当に良かったなと思っているんです。
室井さんを最後に助けたのが警察だったら「この人は死ぬ間際まで警察の手が介入するのか」となっていました。
でも、救助活動に当たった消防状況を知らせる無線が徐々に鮮明な情報になり「秋田犬が遭難者のそばから離れない」「犬が離れない」と感情を剥き出しにして伝えるのです。
真っ白で美しい秋田の山々を写しながら「無情な情報を伝える音声」が物悲しいです。
ちなみにこれは補足なのですが、秋田県の消防ヘリの名前は「なまはげ」です。この映画、室井さんがなまはげのふりをしてリクと仲良くなるシーンがあるのです。ただの偶然でしょうが少しクスッとしちゃいましたね。
全体を通して二面性が凄かった
杏は攻撃性と繊細さを持った女の子として描かれていました。
タカは母親を殺された被害者遺族と思春期の男の子として描かれていました。
リクは警戒心の強い側面と無邪気で甘えん坊な側面を描かれています。
そして何よりも「コンクリートジャングルの中で眉間にしわを寄せて権力抗争の中を生き抜いていた男」が「自然豊かな田舎で子供たちと穏やかに農業をしながら生きる」
最後に「無機質に情報を正確に伝える警察組織」と「感情を殺さずに情報を伝える消防組織」
こんなにわかりやすく「対比」を描かれるとは思いませんでした。
今作は今までの踊るシリーズでは決してみられなかったライティングのこだわりがふんだんに盛り込まれています。
おそらくこれは「光で心情を表現する技法」の一つでしょう。
でもそれが本当に美しいのなんの・・・。
でも光あるものに闇はよりたがるものです。邪悪というのはそういうものです。
だからこその「光」の演出なのです。
では、その邪悪とはなんでしょう・・・?
メタい考察になりますね。
室井さんは自然に殺されたのでしょうか。光に殺されたのでしょうか。それとも、邪悪に殺されたのでしょうか。
私にはそのどれもがあてはまりません。
とても素晴らしい映画でした。考えれば考えるほど染み入る面白さでした。