たった一言がどうしても言えなかった。
30年近く前のこと。
当時小学生だったわたしが、どうしても言いだせなかった言葉がある。
その日は、祖父母の家で過ごしていた。
向こうの台所に祖母がいて、祖父は畑に行っていた。わたしは一人で見もしないテレビをつけて、ソファでだらっとしていた。
ぽりぽりとチョコボールでも食べていると、つい手を滑らせチョコボールがテレビの下の方へころころと転がっていく。
届きそうで、届かない。
だからテレビ台をちょっとだけ動かしたのだ。
ほんのちょっとだけ。
そしたら、乾いた音がした。
ぱりんと何かが割れた音だった。
見るとテレビの上にあったはずの、素焼きされた女の人が落ちていた。
後頭部が空洞になっていた。ぽっかりと。
「やばい」と思ったが、前から見ると割れていることがわからないことに気付いてしまった。・・・ばれないかもしれない、と思ってしまった。
それからの行動は早かった。
割れた後頭部をはめ直し、テレビの上に置き直す。
そしたら「元通り」っぽくなった。
祖母が来て、テレビをみるとき。ごはんをたべるとき。あの、後頭部のない(けどある)女の人しか視界に入らなくなった。わたしの幼心は、相当なエネルギーを消耗した。
しばらくして、祖父母の家にいくとあの女の人はいなくなっていた。
いなくなったものの、あの日からずっとわたしの心に住み着いている。
「ごめんなさい」
このたった一言が、どうしても言いだせなかった。
それを聞くべき祖父母は、もういなくなってしまった。
どうしても言えなかった「ごめんなさい」は、いつまでも浮かばれないままだ。
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