紅白の「紅」って本当は赤くない
喜結の水引は長野の飯田で生産されている水引を使っています。
以前いつもお世話になっている水引屋さんを訪ねた時、ご親切に提携の工場や水引博物館などをご案内してくださいました。(コロナの影響で現在は閉館)
連れて行っていただいた水引博物館に、皇室の婚礼で使われる水引が展示されており、初めて本物の紅白を見ました。
赤くない!
本紅で染め上げられた水引は赤くないのです。
深い緑がかった玉虫色という方がしっくりきますね。
聞いたことはありましたが、本物を生で見れるとは感動です。なにせ宮内省専用の水引は「紅水引(くれなゐみずひき)」と呼ばれ、普段私たちの目には触れることのないものですから。
紅という色はこうやって作られる
紅の原料は紅花という花です。
6世紀頃、大陸から伝わったとされる紅花は染料、油、薬などとして使われてきましたが江戸時代に入って、とりわけ赤い色素の部分が染料、化粧料などの高級な商品として、特に京坂の上方市場で盛んに取引されました。全国一の生産を誇った出羽国(現在の山形県)の紅花は「最上紅花(もがみべにばな)
」と称され特産品となりました。
ほとんどの花びらが黄色い紅花から赤い色素だけを丁寧に抽出して、手のひらサイズに形成し、天日干しした物を「紅餅」といいます。花びらから取れる赤い染料はわずか1%未満。紅花が咲く季節は初夏の頃だけ。紅はかなり高級な染料でした。
この紅餅1つ作るのに必要な花びらは約37g。
軽く丼一杯程度必要です。こちらは南青山にある紅ミュージアムで展示されていた山形の最上紅花だそうで、我が家の枯れかけの紅花と比べると一輪が大ぶりで立派です。
*紅ミュージアムは、江戸時代から続く最後の紅屋「伊勢半本店」が運営する資料館です。館内は上映中の映像以外は撮影OKというありがたい施設で、常設展示の他にも季節によって入れ替わる企画展やワークショップも開催しています。入場も無料なので興味がある方はぜひ足を運んでみてください。
本物の紅も店頭で購入できますよ!
紅餅は赤いのになぜ紅白水引は玉虫色なの?
紅水引はテープ状の和紙をコヨリにして紙のヒモを作り、そこに紅の染料を塗っていきます。ベースのヒモの部分は他の水引と変わらないのですが、色の塗り方に特徴があります。紅色を重ねて重ねて何度も重ね塗りをしていきます。 例えば藍色の染物が何度も重ねて染めていくことで水色が深い藍色になるように、紅色も重ねて塗っていくことで赤の反対色(補色)の緑が際立ってきます。
現在は長野県飯田市の水引業者木下水引さんに所属する日本唯一の水引手漕き職人、野々村義之さんだけが紅水引を製造できます。
私たちが目にする水引は現在機械で製造されていますが、野々村さんは江戸時代から変わらない手漕ぎの技術を継承してらっしゃいます。
実はこの紅の染料がどれほど高級か、浮世絵にも描かれています。
浮世絵に登場する花魁などで、たまに唇が緑色の人がいます。
当時それは「笹色紅」などと呼ばれました。
高級な紅を贅沢に使い、重ね塗りをしていくことで水引の紅と同じように唇が緑がかって見えたからです。
こちらは化粧をする女性の絵。
紅を点す女性の左手には紅猪口(べにちょこ)があり、猪口の内側は緑色で一部が赤くなっています。緑色の色素を水で溶くと赤が現れ、それを化粧に使っているのです。紅ミュージアムのInstagramアカウントでも緑の紅が赤くなった画像が紹介されていますので是非ご覧ください。
紅猪口の内側に塗られた紅の層がこの緑を作り出しています。
ここで最初にご紹介した写真をもう一度。
何層にも塗り重ねられた紅水引は紅の層が独特な玉虫色を生み出しています。和紙に染料が乗せられることで、化粧用の紅とは違う色合いになっているのも興味深いですね。
関西では黄色×白の香典袋を見かけたことがあると思います。不祝儀に用いられる水引は関東では黒×白が一般的ですが、「黒」は宮中で使われていた「紅」の色が黒っぽく見えるため、それと区別するために全く違う色であり、比較的安価で手に入りやすかった黄色を使うことになった言われています。
赤は日本人にとって特別な色
紅花から抽出した「紅」の他にも「朱色」も赤ですね。朱色は古代の言い方で「丹(に)」と言います。これは魔を払う力がある色と考えられていました。丹は水銀と硫黄を加工して作られた赤土だそうです。水銀も硫黄も毒性の高い物質です。その毒をもって魔を除ける、という意味で神社や橋にも用いられています。
また、お祝いの儀式で用いられる紅白の紅色(赤)には、「厄除け・ 畏怖・威力」が、白色には、「清新・清浄(潔白)・ 高貴」が象徴されていると言われています。
今回はただ「めでたい」だけではなく、歴史的に見ても面白い赤という色をご紹介しました。