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こうすれば、あなたも簡単に、大金持ちになれる!(『徒然草』第217段)
「大富豪が語る、金儲けの秘訣!」「こうすれば、あなたも簡単に、大金持ちになれる!」こんな見出しをつけたくなるインタビュー記事が『徒然草』に載っています。こんなことを書いたら、『徒然草』もベストセラーになるはずです。ちょっと長いですが、意訳してみましょう。
(意訳)
金持ちと、貧乏人、どちらが幸せだと思いますか。
ある大金持ちに尋ねると、こんな答えが返ってきました。
* *
人間は、何よりも銭(ぜに)をためることを優先すべきです。貧乏では、生きているかいがないじゃありませんか。金持ちになるための、心構えをお話ししましょう。
まず第一に、この世は永遠であり、幸せはずっと続くと無理やり信じることです。決して、「この世は無常だ。いつ、何が起きるか分からない」と、真実を見つめてはいけません。自信を持って、ごまかしていきましょう。
第二に、何でもかんでも、望みどおりに銭を使ってはいけません。毎日、自分のこと、家族のことなどで、買いたいもの、やりたいことは山ほど出てくるはずです。しかし、思いついたままに銭を使うと、どれだけ莫大な財産があっても、すぐになくなってしまいますからね。
人間の欲には限りがありません。だから、もっと欲しい、もっと欲しいと、止まることがないのです。
反対に財産には限度があります。使えば使うほど減っていき、やがて必ず、なくなる時が来るのです。
これじゃ、どれだけ銭をためたって、心から満足できるわけないですよね。
だからこそ、「あれを買いたい」「これが欲しい」という心が、むらむらとわいてきたら、「自分を滅亡させる悪いやつが来た」と厳重に警戒し、恐れなければなりません。銭のかかることは、やってはいけないのです。
第三に、銭を、自分の家の使用人のように気やすく使ってはいけません。そんなことをしたら、いつまでたっても貧乏から抜け出せませんよ。
銭のことを、自分の主君だと思うべきです。常に恐れ、尊んで、自由に使わないようにしなければなりません。
第四に、たとえ金銭のことで恥ずかしい目に遭っても、そのことで、他人に怒ったり、誰かを恨んだりしてはいけません。
第五に、常に正直に行動し、必ず約束を守ることです。
これが大金持ちになるための掟(おきて)です。これを守って利益を求めれば、間違いなく銭が集まってきます。水が高い所から低い所へ流れるように、極めて簡単な道理なのです。
しかし、どんどん銭がたまるようになっても、宴会で酒食を楽しんだり、美しい女性に心を奪われたり、豪壮な邸宅を建てたりせずに、心を安らかに保ちたいものです。
* *
以上が、大金持ちが語った蓄財の掟です。
しかし私には、どうしても納得がいかないところがあります。
大金持ちといっても、「やりたいことができない」「銭を自由に使えない」のならば、貧乏人と、どこが変わるのでしょうか。
銭が多いか、少ないかだけの違いで、生きづらさを感じているのは、大金持ちも貧乏人も、全く同じだと思います。
大切なのは、人間として、生きる目的は何か、何をやり遂げたら幸せになれるのかを、一人一人が、よく考えることではないでしょうか。
(かいせつ)
私たちは、お金や財産、地位や名誉が得られたら、幸せになれると固く信じています。
しかし、釈迦(しゃか)は、経典に「有無同然(うむどうぜん)」と説かれています。「有っても苦、無くても苦」という意味です。
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よく考えてみてください。これは、驚くべき言葉です。お金、財産、地位、名誉は、あっても、なくても、「苦しみは変わらない」と教えられたのですから。
兼好法師(けんこうほうし)は、私たちに、この釈迦の教えを伝えたいと思って、「大富豪が語る、金儲けの秘訣!」と題するインタビュー記事を書いたのでしょう。彼が創作した問答だと思いますが、兼好さんの、作家としての腕前が発揮されていますね。
(原文)
ある大福長者(だいふくちょうじゃ)のいわく、「人は万(よろず)をさしおきて、ひたぶるに徳(とく)をつくべきなり。貧しくては生けるかいなし。富めるのみを人とす。徳をつかんと思わば、すべからく、まず其の心づかいを修行(しゅぎょう)すべし。其の心というは、他のことにあらず。人間常住(じょうじゅう)の思いに住(じゅう)して、かりにも無常(むじょう)を観ずることなかれ。これ、第一の用意なり。次に、万事の用をかなうべからず。人の世にある、自他につけて所願無量(しょがんむりょう)なり。欲(よく)に随(したが)いて、志を遂(と)げんと思わば、百万の銭ありというとも、暫(しばら(くも住すべからず。所願はやむ時なし。財は尽くる期(ご)あり。限りある財を持ちて、限りなき願にしたがうこと、得べからず。所願心にきざすことあらば、我を滅ぼすべき悪念(あくねん)来たれりと、かたく慎(つつし)み恐れて、小要(しょうよう(をもなすべからず。