割り箸の殺陣(たて)
昼、小諸そばでパートのおばさんに食券渡して「冷たい、そばで」と騒がしい店内で歯と唇を多いに使い子音を際立たせる感じで発音して伝えたのに、厨房のおっさんがあっさりうどんで出してきたので、小諸そば、またか、と肩を落としつつ「冷たい、そばって言ったんですけど」とあらためて子音を強調して言ったら、信じられないことに、脇からさっき注文とった張本人のおばさんが「あ、うどん、っておっしゃいましたよね」と目を見開いて確認してきたので、こんな理不尽がまかり通ってはならない、ファシズムには決して屈しない、シニフィアンか!シニフィエか!と「冷たい、そばで、って、あなたに、いいました」とドイツ語やロシア語くらいの感じで子音を強調しつつ、ゆっくり単語を切るように言ったのだけど、おっさんの背後には、うどんだろうがそばだろうが、麺はすべて茹でだめしてざるに山盛りになっており、おっさんはうどんをザルに戻し代わりにそば盛るだけの手間是すこぶるイージー、おばさんも全く悪びれずテイクイットイージー、暖簾に腕押し肩透かし、怒りの矛先も壊れた方位磁石の如くくるくると、されど、この寄る辺なき時代に自身のオーダーを間違いなく通した誇り、守るべき矜恃、ちっぽけな、立ち食いそばチェーン店を舞台にした割り箸レベルの殺陣(たて)は、薄っぺらくとも今日のわたしの、一日のハイライトではなかっただろうか、などと反芻する秋の夜長、みなさんいかがお過ごしでしょうか、こんばんは、勝新太郎です。
(過去のFacebook投稿に加筆しました)