三月のブランコ
「すげー楽しい」
いまにも泣き出しそうな声だった。
女の子はブランコをこいでいて、揺らし過ぎで、そのまま手を離したら青空に消えてしまいそう。
なのに、誰も手を差しのべない。
4人もいるのに。
ブランコのそばに座り込んだ女の子たちは彼女を見上げて、うつむくだけ。
僕は何か声をかけたくて、でもそれはやっぱりできなくて、ゆっくりと歩いていた。大丈夫、そんなには急いでないから。
やがて、彼女たちの悲しみの理由がわかる。
名札だった。
『6ねん1くみ』
制服につけられた名札がそっと教えてくれていた。もう、お別れなんだよって。
「つぎ、いつ遊ぶ?」
ブランコの子が膝に力を込めて言った。
4人は何も言わなかった。
ただ、「これが最後かもね」って。
つぐんだ口がそう打ち明けているようで、ブランコはキィキィ鳴りつづけるしかなかった。
彼女たちは卒業で、でもまだ気持ちは全然で。
どこへも行きたくない。
ここにしかいたくない。
そうだね、ブランコってそんなメロディーを奏でる楽器なのかもね。
それでも、僕はずっと先の話をしたくなっている。
あなたたちは思い出すのかもしれない。
遠い未来の夜、ヒールの高い靴を脱ぎ、公園でブランコをこいだ今日の日に思いをはせるのかも。
「人って孤独だね」
ブランコをこいでいたあなたは窓辺に立ってつぶやいている。
隣には背の高い恋人がいて、さっき着いたばかり。
あなたは「熱いよ」って湯気の立ったマグカップを彼に手渡して、もう何を話したらいいのかわからなくなっている。
「3月のせいだね」
あなたは言って、
「なんで泣けてくるんだろう」って。
彼のやさしさがぬくもりになって肩を包むから、あなたはこう言って微笑むんだ。
「知ってる? ブランコって楽器なんだよ」
ブランコが揺れていた。
どこへも行きたくない。ここにしかいたくない。だけど、ここにだっていたくはないんだ。
もう子どもじゃないから、時間をさかのぼる理由なんてないから、あなたは壊れたタイムマシンに顔を突っ込んで未来へ進むための電池を探してる。見たことのない景色があなたを呼んでいる。歩いたことのない道があなたの靴音に耳をすましている。あなたを必要としている人たちが口笛吹いて待っている。
卒業おめでとう。
あなたは孤独という自由を手に入れた。
もしもくじけそうになったら、ブランコを探して。
それは楽器だから。
力いっぱい、今を奏でる。
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