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きみをつかまえる

口をあーんと開けたのは、お腹を満たすためじゃなかった。だけど、手のひらで受けとめるだけじゃ物足りないんだね。まだ恋すら知らない2歳の娘は、ベランダに舞い落ちる雪にわけもなく恋い焦がれてる。雪って、どうしてこんなにも触れたくなるのだろう。

「つかまえた」
娘はそう言って、舞い散る雪を握った。ぎゅっと固くした手をこっちへ運んでくる。

「つかまえた?」
手を開かせると、そこにはつやつやしたしずくだけ。娘はキョトンとして、手のひらを下に向けたりひっくり返して指を広げてみたり。

「不思議だね」
そう言って、冷えてしまったその手を包んでやった。
「冷たいねえ」

つぶやくと、娘はまっすぐ僕に目を向けて「ゆきさん、しんぱいしてる」と言った。

「すぐ温かくなるよ」
僕は言った。
「だから、雪さんにもそう言ってあげて。心配しなくていいんだよって」

手のひらで溶けた雪が心配してるなんて、まるで人のようだ。冷たくしてごめんね。そう言って、ドアの向こうに消えていく小さな人影みたい。そういえば、あの人は今どうしているだろう。そっと握手だけして別れたあの人は。こんなこと、今さら思い出してもしかたないのにね。

「ゆきさん、しんぱいしてる」
また、娘が言った。
「手が冷たいね」と、僕はただうなずく。

僕が娘に言えるのは、雪はあなたを嫌ってないということ。ひとりぼっちの寒い夜ほど降るということ。春がくれば忘れてしまってもいいんだということ。それから、恋はいいものだよということ。

「つかまえる」
娘の小さな手が空に向かってのびていった。

雪には、触れてみたい体温がある。

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