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点と線が織りなす縁

これはわたしが京都を独りで小旅行していたときの話です。

季節は晩秋から冬を迎えたころだったでしょうか。天には赤く染まっていく夕日と、まだらにちっていく黒ずんだ雲が広がっています。

季節外れの氷点下近い寒風に、会社の出張帰りで軽装だった私は、清水寺の舞台の上で体調を崩し、寒さに震えて動けずにいました。

そんなとき、3人組の女性が声をかけてくれました。

わたしが寒さで動けないことを話すと、彼女たちは近くの暖かいお店の中に、つれていってくれました。

体が落ち着いて、適当に買い食いしながらの帰り道、すこし彼女らと話をしました。

彼女たちは来年卒業する鹿児島の大学生で、会社から無事内定をもらえたので、すこしはやめの卒業旅行をしているそうです。

そのうちの一人…Aさんと仮称しますが、Aさんはどこか不安げな表情をしています。

実は、彼女は内定は決まっていたのですが、会社の経営難のため、鹿児島営業所の閉鎖が決定したそうです。そのため、工場のある青森営業所に転属してほしいと、旅行の直前に言われていました。

突然のことだからもちろん、難しいなら内定を断ってもいいとのことです。しかしこの時期に内定を断っても、新しい職場を探すのは大変です。

彼女は青森には縁もゆかりもなく、両親も無理せず断ってもいいと言っています。しかしせっかく内定をもらったので、無下にコトワルのもどうだろう、と悩んでいるようでした。

わたしは青森出身だったので、一応地域の特徴みたいなことは話しました。

いいところは人のやさしさで、大雪で路上で立ち往生してれば誰かしら声をかけてくれるとか。

食べ物はかなりおいしいので、地元の友達をつくって実家にご飯食べに行けばおいしさにびっくりするだろうとか。

逆に問題点は津軽地方だと大雪に苦労するとか、東京のように大人が遊べる場所はあまりないので、若者には少し退屈かもしれないとか。

いろいろ話しましたが、彼女の不安はつきません。それはもちろんそうです。彼女がほんとに気にしているのは、そんなことではありません。

初めて会ったばかりで、彼女のことも何もしらないわたしに適切なアドバイスなどできるはずもありません。ただ、わたしはなんとなく、こういいました。

「受けるにしろ断るにしろ、この縁は大事にしたほうがいいかもしれないね」

「エン?ですか…」

「見ず知らずの青森への転勤、そして京都という日本の真ん中で、青森出身の僕と出会ったという、この二つの縁の重なりは、さらなる縁のきっかけになる。縁というのは、こうやって少しずつ重なっていって、やがて大きな、人生を左右するような大きなモノをも形作っていくんだよ。点が線、線が立体となっていくように…」

「エンを大事に?…っていわれても、どうすれば…」

「それはキミしだいだよ。名産品を食べるのもいいし、今度青森の人にあったら、大事にするのもいいかもしれない。ボクも鹿児島の人に出会ったら、きっとこのことを思い出すよ」

…ぼんやりとした話だったので、わたしの言いたいことがはたしてどこまで彼女につたわったのでしょうか。

彼女がどう理解したのかも、どういう決断をしたのかも。わたしには知るすべはありません。名前も連絡先も聞かなかったので。

ただ、わたしは鹿児島という地名を聞くたび、このことを思い出します。

彼女のことを、というより、見ず知らずの縁が見事なまでに出会い、重なり形作っていく様を、です。その形のひとつが、きっと『旅』というものなのでしょう。

そこにはネットではできない縁の重なり方が、きっとあるはずです。

#字数overのボツ作品 #エッセイ #コラム

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