この国を抜けるまで【毎週ショートショートnote】
「どうか、この国を抜けるまで振り返らないでください」
君はそう言った。僕は君にまた会いたくて踏み込んだ禁忌の国。
僕は何も怖くない。君の為ならなんだってできる。
君は僕がここに来たことに心の底から怒ったけれど、僕は何も後悔していない。
僕らの国に帰るまでの道はとても苦しかったけど、沢山の茨も越えたし、底なし沼だって渡り切った。
もうすぐ、もうすぐ、明るい僕達の国に辿り着く。
嬉しくて、嬉しくて、君の方を振り返った。
あっ、と小さな声が君から聞こえる。
僕の手に持つ松明が、煌々と君の顔を照らす。
腐敗した肉。落ち窪んだ瞳。鼻にまとわりつくのは独特な腐敗臭。
君は恥ずかしそうに目を伏せた。
ふりかえると、よみがえる。
あの、甘美なまでの恋。
二人一緒に海辺で笑い、花畑で愛を語った、あの夜。
僕は君を愛していたし、君も僕を愛してくれていた。
ああ、なんで幸せなのだろう。
君の朽ちた手を取って、僕は明るい世界へと歩き出す。
振り返るで真っ先に思いついたのが黄泉比良坂の神話でしたが、こちらには振り返らないという描写はなく、振り返るなと言われるのはギリシャ神話のオルフェウスの神話でした。
二つを混合した話をベースにしてみました。