SAKE DIPLOMAを受けてよかったこと3つ
今年の3月に申し込んで勉強してきた日本酒の試験JSA SAKE DIPLOMA。昨日無事合格したので(一次は知識問題、二次はテイスティングと論述でした)ちょっと書いてみたくなりました。試験に向けてどんな勉強をしたかは、別にまとめようと思うので(前編、後編)、掲題のとおり、この試験を受けてよかったことを3つ書いてみます。
・知識がついて仕事のクオリティが高まった
・勉強のやり方を他にも応用できるようになった
・自分が好きと思うものの性質がだんだんとわかってきた
そもそもSAKE DIPLOMAとは
主催する日本ソムリエ協会によると「日本酒に関する知識を深め、技量を向上させることが、日本の食文化のよりいっそうの普及と向上に繋がるもの」としてこの資格試験を作ったと(背景には和食のユネスコ無形文化遺産登録などもある)。受けようと思ったきっかけは、昨年末から酒屋さんで働き始めたことです。コーヒーの仕事と並行してなにか新しいことをしたいなと思ったときに、わたしがスペシャルティコーヒーを好きな要素に近いものが日本酒にもあるのでは?という嗅覚があったのと、たまたまヴァイブスの合いそうなお店がいいところにあって、こういう勘は大事にしたく、すぐ電話して働くことにしました。
実際働いてみると、まあ大変で。それまで日本酒を飲む習慣がなかった私には全てが新しく、忙しい店で働く要領の良さ(人気カフェで培った賜物)と持ち前の明るさでなんとか繁忙期は働いていたのですが、接客が量より質になってきた時期に自分の知識の無さにやばいぞ、と。もちろん飲むたびにお酒のスペックや蔵のことを調べたりしましたが、それらは情報でしかなく知識になっていない感じ、根本的な何かが足りない感じ。いっそ資格の勉強をしたら体系的に学べるのでは?と試験に申し込んだのです。
知識がついて仕事のクオリティが高まった
これが一番わかりやすく、動機でもあったものです。働き始めた当初のわたしは、どういう米を使って(山田錦も知らなかった)、どのくらい米を磨いて(大吟醸は高いなくらいに思ってた)、どんな酒母で(なにそれ)、どの酵母を使って(なにそれ)というレベル。テキストを読んで、それらの用語や数字が意味するものを覚えて、単純にお酒のラベルを見て読めるものが増えました。周りが何を話題にしているのか、がやっとわかってくる。それってこれとはどう違うんですか?こういう理解ですけど合ってますか?と質問することができるレベルになりました。お酒が入荷してくると一通りのスペックを見て、どんなお酒か?とイメージを持つことができるようになり、それを先輩とすり合わせたり、試飲して情報と味覚と結びつかせたり、ただ漠然と飲んでいた初期から比べると得られるものが変わりました。
後述するような日本酒づくりの仕組みを理解してからは、その質がグッと上がったと思います。ラベルに書かれていないような細かい仕込みに蔵ごとの多様性があって、それらはどのプロセスで酒質に影響し何を産むのか、お客さんにとってどんな味になるのか?をより鮮明にイメージできるようになりましたし、蔵の思惑を伝えられることも増えました。あとは、お酒につけるポップを字が綺麗というだけで任されていたのですが笑、お酒の特徴や魅力が伝わるように書けるようになって、それを見て手にしてくれる人がいると、少しお店に貢献できている実感を持てました。あとはテイスティングの勉強でたくさんお酒を試したのも良かった。これ飲んだんですけど、って言えるのは一番自信を持って会話できるから。
勉強のやり方を他にも応用できるようになった
これは完全に副産物でした。具体的には、日本酒造りの仕組み「米を蒸して酵素を与えてデンプンを糖化させ、糖を酵母に分解させてアルコールと香味を獲得する」をしっかり理解したことが一番の収穫です。発酵と腐敗ってどう違うの、発酵を腐敗に倒させない安全な酸性環境が必要、発酵に必要な糖を得るためのアイテムがあって…とかとか。言葉やフローを覚えるのではなく自分なりに動作を定義したり、混乱してきたら単純化したり、一つ一つの動作がプロセスの中のどの機能を果たすのか?を問うようにしました。また、ワインや焼酎も同様にアルコール発酵なのですが、日本酒の型に当てはめながら差分を見ていくやり方でスムーズにつかめたと思います。
となると、応用できるのはまさにコーヒーです。わたしが好きなスペシャルティコーヒーはなぜあのようなフルーティな風味があるんだろう、と。それは「果実だから」とか「浅煎りだから」とかいろんな説明があったけど、恥ずかしながらそこから先を深堀りできていなかったんです。今だったら、まず日本酒の発酵の型を持ってくる。米と違ってコーヒーチェリーは「果実だから」糖を持ち、酵母に分解させる発酵過程で香味の獲得を期待できる。日本酒との差分は、焙煎があること、では焙煎が果たす機能は?と。「浅煎りだから」加熱の初期段階にショ糖が分解され、フルーツに含まれるような有機酸を多く得られる…とかとか、わたしはやっとスペシャルティコーヒーの入り口にたどり着いたんじゃないか?ってくらい、なんでこうなるんだっけ、という疑問がたくさん出てくるんです。これまで、自分の手を動かして抽出して最終成果物を得られるので、こうするとこういう結果になるなーで満足していたんじゃないかと。それはそれで楽しいけどね。日本酒はそれができないから酒自体をもっと知りたいように、いまは豆自体をもっと知ったら抽出がもっと楽しくなるんじゃないかなって。
そこに加えて、地理的な制約(水源や物流へのアクセス)や歴史的な背景(権力や消費地との関係)も、ものづくりを推し進めるファクターになることを日本酒の勉強を通してわかってきたので、あらためてコーヒーの産地の勉強をするときに考慮すべき視点を手に入れた感じがします。
自分が好きと思うものの性質がだんだんとわかってきた
これもなんとなく酒屋で働き始めるときに嗅覚で感じ取ってはいました。ですが、クラフトマンシップ(この言葉もちょっと曖昧…)を感じるものが好きというだけではなく、日本各地で作られるお酒がそうであると勉強したように、「地理的、歴史的になるべくしてそうなった、なにか制約がある中でそうならざるを得なかった、困難を乗り越えるために工夫をこらした、特に自然の関与を感じられるもの」が背後にあるものが好きなようです。
そういえば、以前に「〇〇を新しい文化として提案」みたいな文言に強烈な違和感を抱いたことがあって。既にあるものの価値を新しく見出すことは素晴らしいけど、なんだろう、おこがましくない?と。もちろん閉鎖的なところがあれば風穴をあけたいっていうのもあるのでしょうが、時間をかけて気づいたらそうなっているものが文化だと思うので、これウケるんじゃない?みたいに技巧的に作られた流れはあまり好きではない。日本酒にもコーヒーにも共通する「発酵」も、この味がおもしろいからやってみるべ?(という界隈の潮流もあるけど)ではなく、口にできるものにする、腐らせない、食品ならそれをしないと食べるものがない、生きていけないっていう、そういう原始的な力強い要件を叶える工夫が知恵、技術になっていったんだと思いますし、そういうのが好きみたい。スペシャルティコーヒーも日本酒も、クラフトマンシップや豊かな風味という面白さから入って、少しずつですが、昔から人々が綿々と営んできた活動の真髄の一部に触れられるようになった気がして、不思議と安心するような気持ちになります。
二次試験の前に思ったことがあります。それは、受かったらそれをもってお酒に向き合うというスタート地点でしかないし、受かってなかったらまた勉強すればいいし、腕試しにほかならない、と。勉強しようと思った時点で人生はかなり前進してるぞ、と。そして、受けてみて、知識が増えただけではなく、思わぬ副産物を得たり、自分の好きなことを確かめられたことが嬉しい誤算でした。
…とはいえ高かったから、まーーじーーで受かってよかったーーー(試験の申込みに3万くらい、勉強用のお酒を買ったり、角打ちで試飲したり、このあと認定を受けるのにも2万ちょいかかります)