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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<26>

綾と初めての友達-近付けない綾

 入園から二週間、綾は少しだけ疎外感を感じていた。
 家では目を合わせれば父とも母とも会話が始められた。まだ言葉を話せない晴太でも、目で笑い合えばじゃれ合うきっかけになった。
 でも、幼稚園では言葉をきっかけにしなければ遊びに誘うこともできなかったのだ。
 今日も綾は一人、うつむいている。
「さあみんな、指遊びやるよー」
 友美先生がみんなの注目を集める。ちょっとだけ、綾は息をつく。みんなと一緒に何かをやる時間だけは、何も考えなくていい。
 右手と左手をグーチョキパーに変化させて、何かを作る遊びだ。
「右手はグーで、左手はパーで、カタツムリ」
 カタツムリができた。驚きだ。
 綾は自分なら何ができるかを考えた。パーとパーで蝶々ができる。グーとグーなら何ができるだろう?
「右手はグーで、左手もグーで、ごーりーらー」
 ゴリラだ! ゴリラができた!
 綾の目が輝き始める。すごいすごい。

 楽しい時間が過ぎ、外遊びの時間になる。
 また、綾は独りぼっちになった。ブランコは人気だし、滑り台も行列ができている。砂場では男の子のグループが暴れていて近づきにくい。
 綾は園庭に生えている木の下に腰かける。
 木陰は涼しくて、葉擦れのさわさわした音色が耳に届く。
 足元にアリが列を作って小さな虫を運んでいた。いつか、アリの列を追いかけたことを思い出した。
 綾から見て遥か遠く、子供たちが笑顔を見せている。
 そこに混ざりたいと思う。でも、なんとなく怖い。
 自分の知らない存在が、こんなに怖いとは思わなかった。
 怖いのはなぜだろう?
 家では綾が何かを話したときに、笑顔で答えてくれる。
 もし悪いことをして叱られても、父も母も綾のことを嫌いにはならないと分かっている。
 だから綾も何も考えずに話すことができる。
 でも、幼稚園の子供たちは、綾が何かを話したときにどう返ってくるか分からなかった。
 一つのエピソードとして、こんなことがあった。

 部屋遊びの時間、綾はブロックを積み上げて遊んでいた。
 高く積み上げることに飽きて、お城を作ろうと思って一度ブロックを崩した。
 その時だった。
「綾ちゃん、それわたしも遊ぶ」
 一人の女の子がブロックを指さして笑顔を見せた。
 一緒に遊ぼう、ではなくて貸して、という催促だったのだと綾は考えた。
「いま綾が遊んでるから後でね」
 笑顔を見せて、もうちょっと待って、と言ったつもりだった。
 その次の瞬間、その子は綾の目の前にあるブロックを手でバラバラになぎ倒して去っていった。
「え?」
 あまりのことにポカンとしたまま何もできなかった。
 しばらくして、相手が怒ったんだと分かった。
 でも、なぜ怒ったのかが分からなかった。
 どうしていいか分からなかった。
 パニックになった頭で、綾はただ、泣くことしかできなかった。

 それからだ。どう接していいか分からなくなったのは。
 不用意な何かを言ってしまったらまた理不尽に怒られてしまうのではないかと手がすくむ。体が震える。
 そうして、一週間が経ってしまった。
 綾はまだ、一人だった。
 そこに、誰かが声をかけてきた。
「何やってるの?」


次回へ続く……

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木村 勇雄
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