小説「オムライス」
わたしは無趣味人間。職業はライターのようなもの。ランサーズなどで仕事を見つけて、なんとか食いつないでいる。夢は、とくにない。
元々オムライスは好きだった。
ふとしたことからオムライスの写真を上げたら、いつもは友達数人からしかいいねのないインスタにちょっとより多くのいいねがついた。
古民家風の洋食屋さんで、木製のスプーンやレトロな木のテーブルにオムライスがいい感じに映えたのかもしれない
コメントもついた。
「どこのお店ですか?」
コメントで教えてあげると喜んでくれた。
気をよくしたわたしは、週1くらいのペースでオムライスを食べに行き、写真をアップするようになった。
最初は数十件のいいねくらいだったが、
2ヶ月を超えた頃からだろうか、急にいいねが増えた。
どうやら某有名シェフがツイッターで紹介してくれたらしい。
しずかに興奮していた。なんだこれは。
生まれてこの方、注目を集めたことはない。興味もなかった。だが頭を駆け巡るのは明らかにドーパミン。
ここまでドーパミンの存在をクリアに感じたことはなかった。
わたしは、ペースを早めていき、もはや最近は。
毎日オムライスの写真をアップしている。
加速度的にファンがついてきた。
有名になるってこういうことなんだろうか。
楽しくて楽しくて仕方がなかった。
そんなある日、これまでに感じたことのない息苦しさを感じた。
思い当たる理由はない。
オムライスを毎日食べてはいるが、夜は野菜も肉も取っている。
わたしは、体調不良に訝しがりながらもオムライスは食べ続けた。
あるテレビを見るともなしに眺めていると、病気バラエティが流れていた。
わたしは次第に釘付けになった。
症状は鼻詰まりや息苦しさ、原因不明の体調不良。
自分の症状にぴったり当てはまる。直感的にこれだと思った。遅延性アレルギー。
テレビがcmに入ると、居ても立っても居られず、インターネットで調べた。
いわゆるアレルギーとは違い、呼吸困難になったりはしないが、食べ物が原因で体調不良になるらしい。
わたしは、頭を抱えた。
なんでわたしはいつもこうなるのだ。
運がついていないのは昔からだ。クラスの席順も良い席になったことは一度もない。
このままではインスタが続けられない。
だがいつまでも頭を抱えているわけにはいかない。
そんな想いとは裏腹に症状はどんどんひどくなっている。
原因がわかった以上もう食べたくない。
好きで食べているつもりが、カラダは辞め時を探っていたのかもしれない。
というか、ひょんなことから毎日オムライスを食べる女と化していたが、そもそもオムライスは好きっちゃ好きだけど、ハンバーグのほうが好きだ。
だが、明日も更新しなくてはいけない。
どうしたものか。混乱の中でよいアイデアも生まれずに眠りについた。
次の日、お昼ご飯の時間になった。
いつも通り食べログのお気に入りしておいた洋食屋さんに向かう
いつもと違うのは目の前にタカヤ君がいることだ。
タカヤ君はメニューを見ながら、とても嬉しそうだ。
「珍しいね。アヤちゃんが誘ってくれるなんて」
「タカヤ君とご飯行ってないなーと思って。たまにはいいじゃん」
というと、タカヤ君はますます人の良い笑顔を見せてくれる。
「じゃあ俺はハンバーグのセットにしようかな」
「どうしたもんだろうか」
「え?なんか言った?」
「安直じゃない?」
「どういうこと?」
さっきまでの人の良い笑顔は困惑に変わった。
「じゃあ聞くけど、なんでハンバーグなの?」
「なんでってハンバーグ食べたい気分だし。」
「いや違うね。」
「違うないよ。僕はハンバーグが食べたいよ」
わたしは、古畑任三郎の声真似と手つきで続ける。
「あなた。あなたはハンバーグが人気ナンバー1とメニューに書いてあるのを見た。それであなたはハンバーグを注文しようとした。古畑任三郎でした」
「え、それかもあるかもしれないけど。というか何かこれ。アヤちゃんてそんな感じだっけ?」
わたしは、バカらしくなって本当のことを伝えた。
タカヤ君はやっぱりいい人で、
オムライスの写真を撮らせてくれてくれた。それでオムライスを美味しそうに食べてくれた。
その日からタカヤ君は毎日、わたしのオムライス行脚に付き合ってくれるようになった。
ひと月くらい過ぎた頃。いつものようにオムライスを食べてもらい、駅に向かっていると、タカヤ君は横道にそれていく。
わたしは、訝しがりながらもついていくと、
そこは小さなラブホテルだった。
タカヤ君は振り向くと、
「わかるね?」と言った。
正直驚いた。タカヤ君はそういうことを言えないタイプだと高を括っていたからだ。
舐めていた。わたしは、また頭を抱えた。
もはやわたしのインスタはタカヤくん無しでは成り立たない。
タカヤ君は中の下くらいのルックスで、
わたしの中で正直ギリギリだ。
「ギリだなぁ」
「え?」
「まぁいいよ」
「ほんとに?」
タカヤくんはしばらく散歩に連れて行ってもらえなかった犬がやっと外にいけるのがわかったようにパッと笑顔になった。
この笑顔は嫌いじゃない。
こうして、毎日オムライスを食べて、週に2.3度ホテルにいく生活が始まった。
わたしの努力のかいがあって、オムライスインスタは引き続き好調にフォロワーを獲得し、いいねとコメントの数も増えて言った。
そんなある日、いつものようにタカヤくんがオムライスを食べている間、昨日インスタにアップした投稿を見るといつもよりいいねが少ない。
わたしは、戸惑った。いや半分取り乱したといって過言ではない。
インスタ事故調査班と化したわたしは、いいね激減の調査を始めた。
理由はすぐにわかった。
「オムオムちゃんっ!」
見たこともないアカウントだった。
わたしのアカが唯一無二で、GoogleやAmazonのような独占禁止法違反状態だった世界に新しいオムライス特化アカができていた。
投稿初日らしく一件の写真しかアップされていないのに、1256のいいねがついていた。
写真は素人なのか、食欲をソソられるものではなかったが、人気の理由は添えられた文章にあるのは明らかだった。
「おばあちゃんのオムライスって」
わたしは、長文の文章をスクロールしていく。
舌打ちを連発しながら、ブツブツと悪態をつきながらスマホをスクロールしていくわたしをタカヤくんは怯えた表情で見つめる。
「オイオイオイ、ふざけんなよー!」
わたしは、スマホを投げたようにテーブルに置いた。
「どうしたの?」タカヤくんがおどおどと聞く。
「何がどうしただよ!あっ?ふざけんなよ。クソが。」わたしは、前髪を掴むようにかきあげた。
「何がって、泣いてるじゃん。アヤちゃん」
「そりゃ泣くわ。こんなもん」わたしは、水が入ってしまったゴーグルをつけたような視界で喫茶店の外を見つめていた。
その日からオムオムちゃんは毎日、オムライスの写真とオムライスに関するエッセイをアップしてきた。
着実に人気を集めたオムオムちゃんのインスタアカウントは今も成長を続けている。
それに相反するようにわたしのアカウントは元のように友達数人からしかいいねがつかなくなった。
栄枯盛衰とはこのことだ。まるで何か夢を見ていたような気もする。
半年後。わたしはオムライスを前にしていた。
ドキドキする。
最後に食べたときは息苦しい感じがしてダメだった。
わたしは、恐る恐るオムライスを口に入れた。
口の中をぷるぷるの卵がくすぐる。ケチャップライスの甘みと少しの酸味が広がる。
もう一口トロトロの卵を口にすると、天国のような心地だ。
「うめえ」
どうやら数ヶ月、オムライスを口にしなかったことでアレルギーの症状が改善されたらしい。
タカヤくんはひまわりのような笑顔だ。
「おめでとう。」