閑話休題 言葉は排泄物
おはようございます
着物推しの紅です。
朝から冷たい雨・・・
〈 言葉は排泄物 の巻 〉
テーマ10回の途中でタイトルが変わって行くことはよくあるのですが
今回も、今気づきました。
後ほど修正します。\( ˆoˆ )/
自分のことってあんまりよくわからない。
ヒトの目は自分の首から上は見えない構造だから仕方ない。
先日、機会があって
前々からお話ししてみたかった方と
「私はこんな人生を歩んできました」
みたいなお話をする機会がありました。
その方の目に紅がどう映っているのか
いただいた言葉を思い出してみました。
フリー
ニュートラル
それからちょっと抽象的な
言葉は逃げていってしまったけど
たぶん
常識的な美点ではなく
型にはまらない天然ということを言いたかったのかな?
礼儀正しいとか
良識があるとか
肩書きがあるとか
人を判断する基準っていろいろある。
紅の場合は
日常より視点を上げたところでの判断があると温かい評価になるのかもしれないと感じた。その方はそれを伝えようとされていたみたい。
仕事のグループLINEが来たときに
質問を返すと
「あなただけ反応が違う」
と言われることがある。
「他の人はそんなこと気にしない。視点が変わってる」
評価をされたわけじゃない、実感なんだろうけど
多様性を認めない方なのかな?
と感じた。
そして仕事上の流れとして
面倒くさかったのかな?と理解している。
オリラジの中田敦彦氏の動画で
「最近イラッときたことは?」
という質問があった。
自分を振り返ると
最近あんまりイラッとしたり腹立てたりしないので
通り過ぎようとしたら、思い出した。
細かいことだけど続けて複数の方から経験していた。
「いたわりの言葉に、切り返してくる人」
イラっというほどではないんだけど
「気持ちよく 社交辞令として受け取ってくれればいいのにな」
って思う。これが紅の価値観らしい。
具体的にいうと、それほど親しくない方に
「お疲れ様」と声をかけたら
「え!? 私疲れてなんかいないわよ!」
という感じ。
何かを守ろうとしているのかな?
意地のようなものがあるのかな?
紅の価値観は
「美しくない排泄物を人に投げつけても世の中はよくならない」
いろいろ思い出すことで、言葉は排泄物なんだと気づいた。
美しくない排泄物を流してしまう人に
どうしたら自分の中にある温かい心と再会してもらえるのかな?
#紅の使命 ?
紅は発する言葉には気をつけているつもりだけど、
もう少し配慮が必要なんだなって感じた。
その方の他の方たちとのやりとりを思い出すと
「言葉の裏を読む方なんだ」
と気づいた。
自分の中でアンビバレンスな感情が同居していて
クルクルと入れ替わる。
イジメにあった辛い経験をしてきたそうだ。
気弱な話をするので強がりたいわけではないみたい。
ふと、雲の様なのものをつかみかけたんだけど・・・
インスピレーションみたいな。
イジメって個人的なものではなく
発生のメカニズムってあると思う。
行動を矯正するよりも
認知・・・ものの捉え方を修正する方が幸せではないか。
きたない排泄物を投げつけられた人は、汚物まみれになる必要はない。
地面に落ちるのを眺めて鑑賞する。
いじめる側も人生かけて汚物を投げる。
「こいつならはねつけない」と。
ある意味選ばれたんだ。
自分がこの人を選ばないんなら汚物を鑑賞した後にそっと感想を伝えてあげればいいんじゃないかな。
「はねつけはしないけど、受け取らない。僕の人生には必要ないものだ」
言葉でなくても行動で。
嫌なのに受けとめる必要はない。
でも
選んでくれたフィードバックはしてあげたい。
いじめる方だって必死なんだと思う。
実は
紅も失言を時々する。
わかっていて言っていることが多い。
自覚のない失言で傷つけた人たちがいることも否定しない。
言い過ぎちゃった人には謝っておこう。
でも
人に言われた言葉に縛られたり恨んだりして一生棒に振るのは自分の問題だと紅は思う。
こんなんだから、サスペンスの犯罪者の動機に共感できないことが多い。
「ふと 殺してしまいました」
という方が合点がいく。
恐ろしい世界だけど。
たぶんそれが現実。
今日の写真も名古屋帯
カジュアル。素敵な柄。 紅