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『マザー・スノー』龍の記憶~消えかかりの未来にて~③

(・・・な~んで今日は、こんなに昔のことを思い出すんだろうなぁ・・・。あぁ、そっか。)


24歳になった優希の息子、龍はこの時、一人暮らししている1DKのアパートの台所前に座り込んで、煙草を吸っていた。


白と水色のタイルが敷き詰められたコンロ台に、アルミ製の流し台。


アデルの宇宙船にあった台所と、それは全く同じものだった。


龍がふと、目線を向けた玄関前。何者かが仰向けに転がって、泡を吹いて気絶しているようだ。
その者はまるで『具を詰めすぎたイカ飯』みたいな体系をしており、黒の襟付きシャツを着て、妙な柄のピタッとしたパンツスタイルだった。そのパンツが今にもハチ切れんばかりである。


「その格好、似あう人間の方が少ねぇよ。」龍はそいつを横目で見下し、フッと鼻で笑った。


 


15歳で家を飛び出した龍は、数名の独身女性の家に日替わりでお世話になっていた。彼女たちは龍の事情をよく理解しており、まるで龍を実の弟のように可愛がり、愛情を注いだ。


龍の身長は当時165センチ前後だったのだが、彼女たちの愛情のお陰なのか、大柄な父親の遺伝子のせいなのか、すくすくとムクムクと成長し、24歳の時点ではなんと187センチである。


温かな彼女たちの元にいつまでも居るわけにはいかなかった。いつブタゴリラがブタ鼻で居場所を嗅ぎつけてくるかも分からない。


16歳になる年に、生まれ育った場所を離れて大阪にやってきた。不本意ではあるが、ブタゴリラから貰ったお小遣いを貯金していたので、そのくらいのお金はあったのだ。


16歳の割には随分と落ち着き払っていて大人びて見えた龍は、年齢を偽ってキャバクラの黒服(ボーイ)のアルバイトをはじめた。
17歳の頃、両腕の自傷痕を誤魔化すために、両腕に『龍』のタトゥーを入れた。
丁度手の甲に龍の顔が来て、尻尾が三角筋に来るようにした。


 


今日、ブタゴリラが遂にここまでやってきた。
約9年ぶりの再会だった。
24歳の龍は、建設会社に勤務している。この日、龍の仕事は丁度休みだった。


昼の11時を回った時だった。玄関のドアを勢いよく叩く音で、龍の穏やかな眠りは破られた。


「龍之介!居るんだろ?開けろや、オラァ!!」


胃の腑に不快な響きを与えるほどの、横柄で不愉快な、あの声。久しぶりだった。


自分が世界の中心に居るかのような、他人は自分に媚びへつらって然るべきとでも思っているような、傍若無人ぶり。


ただでさえ寝起きで機嫌が悪いところを、この何度も繰り返し思い出しては、記憶の中でも殴り飛ばしたくなる、あいつの声で久しぶりに起こされたものだから、龍の全身の血は沸騰したように熱くなっていた。


気が付いたら、龍は玄関を勢いよく『バンッ!!』と開けていた。
記憶の中ではあれ程巨体であったのに、9年ぶりに再会する父親のブタゴリラは、龍より数センチほど背が低かった。


思いのほか息子の成長が目覚ましいものだから、龍を見たブタゴリラは咄嗟に息を飲んだ。


その時、龍の耳元で『何か』が囁いた。
『今だ。』と。


すると、自分の頭が働くよりもまず先に、両腕の『龍』が動いてブタゴリラの首を、凄まじい力で掴んでいた。
丁度、手の甲の龍の顔が、ブタゴリラの首に嚙みついているように見えた。


『ドーーーーーン!!!』物凄い音を立てて、両腕の龍はブタゴリラを勢いよく玄関の中になぎ倒したのである。

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