『マザー・スノー』優希にしか成しえないのだ。

私の目の前で、大の大人の男が泣いている。それはもう、立ち上がったら天井に頭が突き刺さるんじゃないかな、と思うくらいの、若い大男だ。多分うちのバイト先の店長よりデカい。


先ほどまで私は、アデルという名の宇宙人と共に行動していた。


彼は私の未来を知っており、そして未来で私が生むはずだった『龍』という名の、この大男のことを、それはもう、よくよく知っていた。


この宇宙人は自身の所属を『アークエンジェルスの隊員』と説明しており、所謂彼はこの大男『龍』の守護霊的存在であったようだ。


龍の事情を語るアデルの目は、大層慈愛に満ち溢れていた。龍の苦しみを語るとき、彼は自分自身の苦しみを語るように、辛く悲しそうだった。


私が『龍』というこの大きな男の母親だなんて、正直まだ信じていない。そもそもまだ生んでもいないのだし。私なんかより、アデルの方が余程『龍の母親』だと思う。


「私じゃなくて、アデルが龍って子の最期を見てあげたら?」と提案したところ、アデルは今にも泣き出しそうな顔をして言った。


「悔しいんだけど、僕じゃだめなんだ。
龍はずっと、君を求めてる。それに僕みたいなのが現れたら、きっとあの子は怒ると思う。自分が辛い時もただずっと見ていただけだったなんて。助けてくれなかったって、言われるかも知れない。」


そんなことないと思う、と言いかけて止めた。もし自分が『龍』の立場なら、そう思ってしまうだろうから。


実をいうと、『龍』に会いに行く前、アデルと一緒に10人の男女に会いに行っていた。それは『龍』の父親であり、将来私を殺す(はずだった)男『虎之介』の被害者たち。


被害者総数でいうと、ほんの一部の人間であった。しかし特に強烈な被害を受けてきた人たちである。


10人の中には、被害の後遺症ゆえ重い病気を患っており、社会復帰が困難な者もいた。


社会生活を何とか送れていても、PTSDで夜中に叫び声を上げて飛び起きる者も居れば、ほとんどが不眠症を患っており、ぎりぎりの状態だった。


アデルは私に、なんと彼ら彼女らと会って話をして来いというのだ。
もちろん、一度はキッパリと断った。
「私はそんなことが出来る器じゃない。専門的な知識もないし。絶対無理や。」と。


するとアデルはこう言う。


「君なら出来るんじゃないかって、君を担当している隊員がそう言ってる。
僕らのボスも、君のことをよく知っているんだ。君が、前の人生でどんな人間だったのかも、ボスは知ってる。
つまりこれはボスの指示なんだ。」と。


「ボスって誰やねん。
缶コーヒーのボスか?宇宙人ジョーンズか?それとも、アークエンジェルスの隊長か何かか?
ガブリエル様とかラファエル様とか。」
やけっぱちみたいにそう突っかかる私に、
アデルは黙って微笑んでこう答えた。


「今にわかるよ。」と。

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