『マザー・スノー』真の偽善者とは?
「本当のことを言うと、誰も彼もが実は薄っすら気づいていることがあるんだ。」
アデルはマカロン型クッションを抱きしめ、俯きながら言った。
「本当は地球人の皆も、分かってるのでしょう?
何をすべきであって、何をすべきで無いのか。
例えば自分の近くに、目が見えなくて横断歩道を渡るのに困っている人がいるとする。
そんな時、最初に薄っすらと『今すべき事』が思い浮かぶはずなんだ。
だけど『今、忙しいから。』とか、
『周りから偽善者に思われたくない。』
とか、後から必ず言い訳を思いついて、最初に思い浮かんだ『すべき事』を、大半の人間が瞬時に打ち消すんだ。
何も聞こえていなかったとは言わせない。
僕たちは常に、その信号を君たち1人1人に、絶え間なく発信し続けているのだから。
君たちは、あらゆる言い訳を、瞬間的に用意している。
一体誰に向かって言い訳をしているのか?
『誰かが君たちを見ている』ということを、実は君たちも薄々気がついているはずなんだ。」
腕を組み、顔をわずかにしかめながらアデルの話を聞いていた優希は口を開いた。
「ん〜。。まぁ、確かに『お天道さまが見ている』的な精神は、大なり小なりあるんじゃないかなぁ、とは思うけど…。
それに困っている人を見かけたら、私としては、出来るだけ手を貸すように心がけてはいるねん。
以前電車の中で気分が悪くなって、うずくまってしまった時、目の前にいた女の人が席を譲ってくれたことが嬉しかったから。
だけど、その『すべき事』を行動に移せない人の気持も、理解は出来るんよ。
『偽善者っぽいのではないか』とか、
『中途半端な人助けは迷惑なだけ』とか、
以前の私も多分そう考えていたから。」
アデルはちゃぶ台に肘をついて、頬杖をつきながら答えた。
「どうやら君たちの思うところの『偽善者』の基準が、そもそも違うんじゃない?
ほんのひと時の時間を、困っている誰かに使うことのどこが、一体『偽善』だと言うんだろう。
誰だって『自分の出来る範囲のことしか出来ない』のは、当たり前じゃないか?
目の見えない人の気持ちを、100%理解していなくちゃ、横断歩道を渡る時に手を貸しちゃ『偽善』なわけ?違うでしょ?
『偽善者』っていうのはね?色々ともっともらしい理屈をこねて、
結局のところ『何もしない』人のことを言うんだよ。
そんな人ほど、自分が困っている時に誰も親切にしてくれなかったら、世の中の冷たさを呪うんだよ。
『何もしない人』というのは、自分と同じく『手を差し伸べる勇気の無い人たち』の
『心の弱さ』すら、理解しようともしない。
『ゆるす』という言葉の意味は2つある。
『許可をする』方の『許す』
『理解する』方の『赦す』。
他者を傷つける行いの全ては決して、許してはいけない。自分にも他人にも。
しかしもし、誰かが何らかの罪を犯したとき、
『何故罪を犯すに至ったのか』を
『理解する』必要がある。
ただの一度たりとも、他者を傷つけたことの無い者以外はね。」