『マザー・スノー』優希というヒト③
「ユキちゃーん!ちょっとこっち良い?」
そう優希に声をかけたのは、織田信行(おだのぶゆき)55歳。
名前の8割でホトトギスを絞め上げてしまいそうなこの男は、このドラッグストアのオーナー店長である。
「はーい!今行きまぁす!」
少しだけ鼻に掛かった、ドレミでいうところの「シ」の音色で優希は返事をした。
彼女は自分の表情や声色で、内面の不機嫌さを見事にコーティングしている。
(相変わらず気安いなー、うちの天魔王は。ちゃん付けとかセクハラになるんじゃなかろうか。ワシはアンタの小姓やあらへんで。)
ぶつくさと腹の中でそう呟きながらも、満面の笑みで店長の元へ駆け寄る優希。
そう、彼女はプロの猫かぶり師なのである!
「ユキちゃんがこの前作ってくれた販促用ポップ、アレ、お客様たちからの評判も凄く良いよー!ありがとうね!」
優希は一瞬目を丸くした。
滅多に従業員を褒めることのないこの男が、珍しく優希を褒めたのだ。
彼は普段従業員たちの仕事ぶりを、やれコレが出来ていない、やれコレを出してないだのなんだの、基本はダメ出ししかしてこない。
しかしごくたまーに、このように従業員を持ち上げる時がある。
これには流石の優希も少し照れくさくなり、作り笑いではなく本気でニンマリとした。
流石、織田信行。
伊達に天下統一した戦国武将と、1文字違いの名前を持つ訳では無い。
家臣の気持ちを、これでもちゃんと心得ているようだ。
「……ありがとうございます。。」
少し俯き加減で、気恥ずかしさを隠しながら優希はそう答えた。
「ユキちゃんが今まで作ったポップを本部の人に見せたら、是非他店舗でも使わせてくれないかと言われてね。使っても構わない?」
「!!……全然構わないです…!!」
先程までトイレットペーパーの王族モドキに苛ついていた優希の心は、ドラッグストアの六大天魔王・織田信行店長の言葉によって、見事に天下泰平が成されたのである。
案外単純な思考回路の彼女は、鼻歌でフレディー・マーキュリーの名曲「I was born to love you」を歌いながら家路についた。
まさかその日の夜、奇妙奇天烈・摩訶不思議な出来事が起こるとも知らずに…。
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