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『マザー・スノー番外編~スナックみゆきへ、いらっしゃ~い!~』

夕方5時、最近アルバイトで入った『アユミちゃん』が出勤してきた。扉が開く音と、彼女のハツラツとした声でそう気づく。


まだ開店準備中のあたしのお城『スナックみゆき』の店内に、商店街の活気音が一瞬流れ込んだ。


あたしの名前は『高橋 美幸』。


数年前、夜中の商店街でたむろしていた若者たちの中にいた女の子が、アユミちゃんだった。聞けば、家に居場所がないのだと口を揃えて言う。
彼女たちには時折、おにぎりやお菓子をあげていた。
あたしにも少しだけ、彼女たちの気持ちが分かるから。


アユミちゃんがお店を手伝ってくれるようになってから、大分と助かっている。最近どうも、年のせいか体の具合がおかしい。


水商売歴が長いせいで、どうしても飲酒歴も長くなってしまうからだろうか。


常連さんで保健師さんをしている『アオイさん』からも、「一度ちゃんと病院で診てもらってください。」と言われたっけ。


「美幸ママにもしものことがあったら、私は・・・。」


そう声を詰まらせたアオイさんの目が、心なしか赤くなっていたのを思い出しては、何だか胸の奥がじんとした。


「なぁ、ママ~。」


カウンター内でぼんやりとしていたあたしに向かって、アユミちゃんは少し甘えた声で呼びかけてきた。


「なに~?」


「ママって、タロさんのこと、どう思う~?絶対、ママのこと本気で好きやと思うねんけど。」


タロさんとはウチの常連さんで、印刷工場の社長さんをしている。50歳のあたしより10歳ほど年上で、数年前早くして奥様に先立たれた。下品なことは一切言わない、紳士的な男性である。


「さあ、どおかなあ~。」あたしは咄嗟に言葉を濁した。


「ママってなかなかモテるのに、なんで結婚しいひんかったん?ウチ、ずっと気になっててん。」


「そうやなぁ。実はあたし、一回だけ結婚したことがあんねん。」


「ほんまに?初耳やねんけど!」
アユミちゃんは驚いて、カウンターテーブルを拭く手を止め、目をまん丸くしてカウンター内に身を乗り出して来た。


「どんなひと?男前?」
実に興味津々、という感じでアユミちゃんは問いかけて来た。


「まぁ、男前やったよ。
せやけどな?性格がきっつい、冷た~い男やったわ。
なんてゆうか、ほそおもてで切れ長の目に、鼻なんてツンって尖がってて。
まるで『キツネ』みたいな男やったわ。
あれは、キツネ男。稲荷神社に祭られてても、全然違和感ないで。」


ダッハハハハハ!!というアユミちゃんの爆笑が、開店前の静かな店内に響き渡った。


「キツネ男って!ママ、ひどいゎ~!」
酷いと言いながらも、彼女はずっと笑っている。


「ほんま、別れて正解やわ。せいせいしとるねん。
そいつの鼻なんてな?ツンって尖がりすぎてて、鼻の穴が小さすぎるから『アンタ、どうやって鼻くそほじるねん!』って、いっつも思ってたわ。」


アユミちゃんはついに、笑いすぎるあまりバシバシとカウンターテーブルを叩きだしていた。


離婚した本当の理由は、誰にも言いたくない。
再婚の話はこれまでにいくつも来たけど、また同じような理由で、離婚させられるのではと、怖かったのも正直あった。


だけど、普通の妻や普通の母になることも勿論素晴らしいのだけど、あたしはあたしの『今』を、すごく気に入っている。


もう実の娘みたいなアユミちゃんもいるし、あたしを慕ってくれる、たくさんのお客さんたちがいる。


だから、これでいいのだ。


「なんやなんや、えらい、楽しそうやなぁ!」


夕方の6時になったようだ。
店の扉が開く音とともに、『いつものみんな』が店内に入ってきた。
日中の疲れを身にまとったまま、まるで砂漠の中の給水場を訪ねるように。


「いらっしゃい!」


みんなの渇いた心を潤すような彼女たちの声が、今日も夜の商店街に響き渡る。


 

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