『マザー・スノー』お台所と、ゆうふぉう焼き③
「なんじゃ、そら。絶妙におもろないなぁ。」
そんなことを言いながらも、優希は声を出して笑った。こういう下らない駄洒落のようなものは、彼女の好物だ。
5枚のスライスベーコンを綺麗に重ねなおし、それを1センチ角の正方形に切ってゆく。
「切れたよ。」「おっ。早いね。じゃあフライパンに入れて~。」
優希はちょっと慎重にまな板を持ち上げて、包丁を使ってベーコンをフライパンに流しいれた。フライパンの中がキャベツのグリーンと、にんじんのオレンジ、ベーコンのピンクでカラフルに彩られてゆく。
塩コショウに絡んで、香ばしい匂いが彼女を空腹へと導く。空腹を感じるのはおかしい。彼女の身体は今、ここにあるはずもないのに。
アデルは何やらゴソゴソと、自身が身に着けているアースグリーンの作業着のポケットを探っている。取り出したのは、ほとんど中身の入っていないポテトチップスの袋だ。
「コンソメ・ポテチ~!!」
そのアデルの声色は、紛れもなく『ド』の付く国民的人気アニメロボットを意識していた。
「ん?それ見覚えあるな・・・。あっ!!それも私のやつやんかっ・・・!」
優希は眉間にしわを寄せ、半ばあきらめモードで小さくそうつぶやいた。この宇宙人は既に優希の部屋にあったダイジェスティブビスケットも牛乳も、宇宙船内に無断で持ち込んだ前科があるからだ。
「これはしょっぱすぎるんだよね、美味しいけど。」
そう言いながら、ポテトチップスの袋をぐしゃぐしゃに潰す。粉々になった中身を確認して、それをフライパンに投入する。
唇を尖らせて、アデルの無慈悲な所業を珍しく黙って見ている優希。
すると野菜に絡んだコンソメの、ほのかな甘みの混じった匂いが、彼女の損ねた機嫌を和らげさせた。
アデルはニッと笑って優希を一瞥すると、今度はフライパンの具材で土手を作り、中心部分を空けた。何が始まるのか直ぐに分かった優希は、素早く卵に目をやった。
「ビンゴ!」そう言いながら、空洞を作った部分に油を足す宇宙人。
「割っても、いい?」いそいそと卵をつかみ取った優希。アデルは笑顔でうなずいた。
優希は調理台の角に、慎重にコツコツと卵を打ち付ける。小さな亀裂を確認して、恐る恐る卵をフライパンの中心部へ割りいれた。
今度は先ほどよりも強めに油の爆ぜる音がしたが、優希は1ミリも臆することはなかった。
引き続き、2つ目の卵を丁寧に割りいれる。
殻が混じることがなかったそれを見て、達成感に満ちた顔を浮かべる優希。
「蓋をして、2分半待ったら出来上がりだよ~。」
「なあ、この料理の名前は?」
「この料理はね~、UFO焼き!このカラフルなランプが付いた宇宙船は、野菜とベーコンで。乗船する僕らの魂を、ふたつの卵で表現してみました☆」
「卵が魂って!うちらの魂、サラダ油で焼いてもうてるやん!」
優希はのけぞって笑った。
「これ、君の息子の『龍』が、よく作ってたの見て、覚えたんだ~。
あの子が15で家出して、女の人の家を転々としてたとき、そのうちのひとりに教えてもらってた。」
『龍』
まだこの時代に生まれてもいない、自分の息子。アデルが淡々と話す、その衝撃的な彼の人生に、優希は言葉を失くした。