フォークリフトの免許を取りに行った話(2/4回)
(前回のつづき)
2日目(実技初日)
今日も講習会場へやってきた。
出席の確認と同時に昨日の学科試験に合格していたことを知らされる。
屋外の集合場所には昨日の参加者が全員集まっていたので、落ちた人はゼロのようだった。
とんでもない先生
今日からとうとう実技開始。
受講番号に応じてA班B班に分けられる。
A班は昨日座学の先生も務めた人で頼りがいがありそうな人。
しかし私が振り分けられたB班の先生は、社会不適合者っぽいおっちゃんだった。
このおっちゃんがとんでもないダメダメ先生だった。
まず致命的に声が小さい。
あいさつまではなんとか聞こえたのだけど、いざ本格的に実技が開始となってフォークリフトのエンジンを入れるとエンジン音に負けて何を言っているのかわからなくなる。
「ブロロ……このね……ブロロ……だからさ、ブロロ……気をつけてな」
生徒全員の頭に?マークが出ており、この人なに言ってるの?とポカンとしていた。
小さい声で2回ほどフォークリフトの操作を説明すると、番号順に乗って動かしてと言い残し、自分はコース横にあるプレハブに入ってしまい、窓からこちらを見つつお茶を飲んでいる。
残された我々生徒は、とりあえずあの通りに動かしてみましょうということで、番号順にフォークリフトを動かし始めた。
横のコースではA班の先生がマンツーマンでつきっきりで指導しており、その声は我々B班の先生のよりもはるかに大きく聞き取りやすかった。
最初はフォークリフトのフォークの上下と角度調整。
運転席の右側に操作するバーが2本あり、それを上下させるだけの簡単といえば簡単な作業。
しかし万一これで事故が起こったら、あの先生の責任とかどうなるんだろうかとかつまらないことを考えていると自分の番が回ってきた。
運転席に座ると、思ったよりも前方の視界が見えにくいかもしれないと感じた。
フォークに大きめの荷物を載せるとさらに視界が悪くなり、他者の誘導やバック走行が大事なるそうだ。
生徒たちの実技が一巡すると、おっちゃん先生がプレハブから出てきた。
驚くことに、プレハブから出てきた先生は煙草をくわえていた。
職場歩きたばこはレベル高すぎるだろう。
年々肩身が狭くなる喫煙者にとっての夢の仕事、それがタバコをふかしながらの仕事である。
ドラマやアニメでも見かけなくなった勤務中の喫煙。しかも歩きたばこ。
あんなものは昭和、遅くても平成の前半で死滅したと思っていたのに、令和の時代に拝むことができて妙に感心してしまった。
ちなみに先生は喫煙者の心がわかるらしく、たばこはコース横の喫煙所で好きなだけ吸っていいですというお墨付きをくれた。自分はコース内でバカスカ吸っているだから当然か。
他にもおっちゃん先生は、禁止されているはずのスマホで誰かと電話をしていて、実技が一時ストップするなどやりたい放題で見ていて面白かった。
こんな緩い職場と仕事がまだ令和の時代にあったのか。自分もフォークリフトの運転がうまくなればこの仕事に就けるだろうか、おっちゃんの後釜で働きたいなと思うようになっていた。
ゆるめの講習
実技講習自体は座学に比べると緩めで、トイレは勝手にいつでも行ってヨシ、自販機で買ってヨシ、ジュースを飲んだり飴チョコ食べながら人の運転を見ててヨシ、タバコを吸いながら見ててヨシ、生徒同士で雑談していてもヨシ、でもスマホは絶対にやめろ●すぞ。というスタンスだった。
なんでも前に1日中スマホをいじって退学を食らった生徒がいたのと、SNSで生徒の顔写真を無許可アップしまくった奴がいたそうで、実技講習中のスマホの使用が一切禁止となってしまったそうだ。
筋金入りのスマホ中毒者である私にとって、スマホが使えないのは厳しいことこの上ないのだけど、人の運転をだらだら見ているのもまあ普段ないことなので面白く見ていた。
次の実習は発進と後進。
現場猫のように、右ヨシ!左ヨシ!前方ヨシ!と確認して出発するのが面白い。みんな恥ずかしがっていたけど、私はヨシ!だけは一番元気にやっていた。
さてこの実習は10mほどの距離を前に進んでバックして戻ってくるだけなのだが、私はここでいきなりエンストさせてしまった。フォークリフトはマニュアル車と同じく、クラッチペダルがあってその操作も求められているのだけど免許取得以来20年ほどクラッチを使っていない。どうやって使うのかよくわからないままエンストさせるという恐ろしいことをやってしまった。
私なんかやっちゃいました?と運転席に座っていると、おっちゃん先生が飛んできて怒られた。
まあ確かにクラッチペダルの使い方を最初に聞かない私が悪かったのでこれはしょうがない。
それからは体が思い出してくれたようで、クラッチ操作でミスをすることもなくなった。
わりとみんなミスをする
最初にエンストを起こして赤っ恥をかいたのだけど、他にもすぐにエンスト起こす人がいたり、コーナリングでコーンをなぎ倒す人や、荷物が置かれている台にフォークをぶっさす人が出てきたおかげで恥ずかしいという気持ちもだいぶ薄らいだ。
だからいきなりミスをしても落ち込むのは良くない。
練習でいくらミスしても、最終の実技試験に合格すればいいのである。
しかしエンストや大き目のミスはおっちゃん先生に見つかると怒鳴ってくる。
「サイド(ブレーキ)入っているでしょ!」
「クラッチ変に踏むからエンストするんだよ!」
「曲がるときはしっかり検討つけるんだよ!」
こんな怒号がたびたび聞こえた。
かたや、となりのA班の先生はフォークリフトに寄り添い、生徒の一挙手一投足にしっかりアドバイスをしていた。
前進とバックの次はクランクの曲がり方。
フォークリフトは普通自動車と違って後輪駆動のため、思ったよりもめっちゃよく曲がるのだ。
狭い倉庫での業務にも使えるようにそういう設計になっているのだけど、これも慣れるまでに少し時間がかかった。感覚がつかみにくい人はポールにコツンと当たる人もチラホラいる。
その次はクランクのカーブに加えてコースを走る練習。
外から運転を見ているとそれほどスピードは出ていないはずなのだけど、運転席では少し早く感じる。
バックをしながら折り返すときは少し焦ってしまう。
それでも3回ほどコースを走るとだいぶ良くなった。
さて、こうして次々に実技は進んでいくのだが、おっちゃん先生はぼそぼそ言いながら数回手本を示してプレハブ小屋へ引きこもってしまう。
そして窓からこちらを申し訳ない程度眺めているだけである。
出てきても喫煙スペースで煙草を吹かすムーブを繰り返すばかり。
「なんかA班の先生に教えてほしかったなあ」
「もっとちゃんと教えてほしいですね~」
「あれが許されるのってすごいですねハハハ」
「すんません、どの順でレバー操作するんでしたっけ?」
「あ、それはこうやってやると思います」
「難しいので自分が誘導入ります」
「オッケーです。そのままそのまま前進して大丈夫っす」
我々B班は、先生の声が聞こえないことで聞こえた部分をすり合わせ何をすればいいのかを検討していたし、先生が誘導やチェックをしないので、生徒同士で誘導やフォークの位置を知らせあうといった連携をするようになった。このようにポツポツ会話もある。
A班はというと、先生におんぶにダッコ状態で生徒たち同士の会話もほとんどなさそうだった。
生徒同士の絆という面で考えれば我々B班のほうが明らかに上のような気がする。
実はこれまでのひどい教え方をしていたのは、生徒同士の結束を高める狙いがあったのかもしれないと思ったが、絶対にそんなわけはないだろう●すぞというのが我々生徒の感想だったと思う。
こうして実技初日は終わりとなった。
(つづく)