中ノ岳遭難を考える その2

前回は運動強度の指標であるメッツを導入すれば、現状の体力、トレーニング、ペース配分に役立てることができると書いた。また、中高年・男性は、自分を筆頭に体力と気持ちの間に乖離があり、それが危険に結びついている可能性も指摘した。

2回目の今回は、最終的には「滑落」をキーワードに地図をみながら事例について考えみたい。

◇遭難事例

https://mainichi.jp/articles/20190809/k00/00m/040/279000c

標高差を読むのがメッツの基本

中ノ岳は越後三山の盟主であり、標高2085mである。今回の遭難事例では、八海山千本檜小屋を出発し、中ノ岳に向かう道中で発生しているという。ここから先は、地図を手元に見ながら読むとわかりやすい。

八海山は単独峰というよりいくつかの峰が連なった連峰に近く、例えば代表的な標高を入道岳とすれば、標高1778mとなる。さらに地図をよくみると、八海山と中ノ岳の間には、オカメノゾキと呼ばれる最低按部があり、標高は約1250mである。つまり、八海山方面から最低按部に下ると標高差約528mがあり、そこから中ノ岳へと登り返すと、835mがある。

これが、八海山から中ノ岳の標高差という観点からみた概要であるが、なぜ標高差に注目したかというと、メッツ(前号参照)は単位時間あたりの登高速度(標高差)がポイントになっているからである。

地図から読み取るべきこと

再度、今回遭難したルートを登山地図(昭文社等)で追ってみよう。入道岳の先、五竜岳(1580m)からオカメノゾキまでは破線になっており、コースタイムは下りで約3時間。また、オカメノゾキから中ノ岳直下にある御月山(1821m)も同じく破線になっており、登り約4時間30分となっている。

問題を単純化するために、登りであるオカメノゾキから御月山までについて注目し、それについて以下考えてみる。

両者間の標高差は571mで、一般的な登山ペースである6メッツ(400m/h)でその標高差を歩いたとすれば、計算上、1時間半程度もあれば充分登りきれるはず。にもかかわらずの、コースタイムは約4時間半。それは一般登山を楽しむ際のペースのおよそ3倍になっている。これはいくらなんでもおかしい。そう思うのが自然だと思う。

ここで、そもそも地図自体がまちがっている。そう思うひともいると思う。たしかに、そういうことが実際にないこともないが、ここではそれはさておいて、地図の表記がそうであるなら道の条件がわるいにちがいない。そう考えることにする。なぜなら、登山地図では破線になっているんだから、歩きにくいんでしょ。

じつはここから先を考えることこそが、とても大事なんだと思っているというのが今回の趣旨なのである。

地図から想像すべきこと

なぜ破線になっているのか。その根本的な原因とは?

次に考えたいのはこの問題である。ここから先は2万5000分ノ1地形図があると便利(国土地理院のwebで見れる)。地図を見ながら、想像力を逞しくしてみて欲しい。

オカメノゾキあたりをよく見ると、等高度線が込み合い、岩場マークがあることが見て取れる。ということは、このあたりはやせた岩稜なのはまちがいない。加えて1200mという標高。森林限界のはるか下で、そこが岩場となれば、おそらく登山道整備も容易でないだろう。一般に上越あたりの登山道整備は雪融けしてからするものなので、8月上旬はヤブも伸びている可能性がある。加えて密度の濃いササヤブがある可能性もある。すると最悪、やせた岩稜のうえに、ササヤブを漕ぐかもしれない。もしそうだとすれば、たったの3時間で本当にオカメノゾキまで到達することができるのか?

と、ここまでが地図と現地状況を想像することで推定できる登山道状況である。

で、実際どうなのか。ほぼ、その通りなのです。やせた岩稜でザレ場もあり。加えて場所によってはヤブもあって、夏ならまちがいなくクソ暑い!(これについては次号で詳しく)

中高年・男性・単独という落とし穴

さて、ここで体力と気持ちの乖離に問題に話が戻る。

仮に私自身を当事者として今回の遭難事例に当てはめてみると…体力・技術に自信があり、当然、山登り自体にすら揺るぎない自信をもっている。しかし、内実は体力・技術はしっかり50代で、気持ちだけは20代という場合である。加えて土地勘はなく、体には自信があるものだからロクに地図もみなかったような場合であり、さらに毎年夏には3000mの稜線をテント泊で歩き、越後三山なんざ、なんなら一日で歩けてしまうぜくらいに思っているような場合でもある。

そんな〝私〟が初めて越後三山を歩くとして、以下、想像…。

まず、五竜岳できっと驚いたことだろう。遠く最低按部を眺め、え、あの標高差を下るのか(てことは、登り返すのか)。でもまあ、下ってみるか。すると、進むにつれて道が荒れていき(先行きに不安を少し感じる)、やがて岩場となった。「なんだ、地図で出ていたのはこの程度の岩場か。八海山の八峰(遭難者が遭難当日通ったであろう岩場)に比べて全然楽勝(一瞬、不安解消)、たいしたことないな」などと思った矢先に現れるザレ場とヤブ(え、マジかと思う)。いや、でも、きっと大丈夫。ふだんはコースタイムの半分で歩いているのだから、オカメノゾキまでは1時間半もあれば楽勝(にちがいない)…が、実際はたっぷり3時間以上かかってしまった(この時点で疲労困憊と自分の体力への自身が揺らぎ始める)。そして、オカメノゾキから見上げる御月山。そそり立つ山体に、この先、容易に想像することができる神経をすり減らすやせた岩稜歩きと体力を確実に奪ってゆく密度の濃いヤブ漕ぎ(ここで戦意喪失。そしてこれまでの登山人生すべてを覆すような自信喪失。オレっちこの先、ほんとに大丈夫か…的な?)。

きっとこんなふうになってしまったと思う。そして、ここでポイントだと考えているのが「自信喪失」なのである。

実際、遭難に近い体験をするとわかるが、例えば道がわからなくなったり、天気が急変したり、体力がなくなったり、なんらかの原因で自信をなくすと、一種のパニック状態になるのか、自分の場合、一気に疲労感がこみ上げ頭は真っ白になる。やがて落ち着きを失い、普段なら、絶対しないような失敗をやらかすことすらある。

ましてや、過去にそうした経験がないうえに山登りには自信のある中高年男性であれば、そのショックは想像以上に大きいだろう。仮にそれでもそこで冷静になれたとしても、そのとき残された体力に愕然とし、加えて単独であれば助けをあおぐこともできない…そうした決定的な状況下におかれることは想像に難くない。加えてヤセ尾根のザレ場であれば、例えクライミングが得意であったとしても、滑落の危険性は高まることはあっても低くなることはありえない。

これはあくまで私自身を例とした想像の範囲なので、実際の遭難とはまったく関係がないことである。だが、もし私のような属性(上記)を少しでもあって、実際の遭難に滑落も想定されるのであれば、状況として考えてもおかしくないとも考えている。

診断チェックとその対策

以上をまとまめます。

このタイプ(私のこと。具体的には下記)が

*中高年・男性・単独

*体力の衰えを、本当のところでは自覚していない

*登山に対し、根拠もなしに自信をもっている

*今でも気持ちの上では若い時と同じように登れると思っている

*日常的に山登りを行っていない

注:ひとつでも当てはまったらアナタも注意(笑)

注意すべきは下記である。

◎体力と気持ちには、大きな乖離があることを本質的に自覚すること

◎そのためには、現状の体力をまずは数字で把握すること

◎それにはメッツが有効であり、登山を計画するにはコースタイムとメッツをあわせて検討し、具体的な登山を想像すること

◎とはいえ、メッツだけど過信せず、ふだんからのトレーニングを心がけること

◎なにより、山登りに対して根拠のない自信はきっぱり捨て、自然に対し常に謙虚であること

けれどもし、それでもピンチに陥ってしまったら…。

1 まずは深呼吸

2 次に起こす行動は、それぞれひとつひとつを声に出して耳で確認。例えば、水を飲むにしても「飲んでみよう」と話してから飲む。非常食を食べるにしても「食べてみよう」と話してから食べる。ただ声に出すなんていう単純なことでも、これでけっこう落ち着くのである。その上で、残された資材を使ってできる最大限の努力を考え、実践する

の2つを心がけ、実践するようにしている。

たいした経験もないのに山なんてなにも知らないくせに、エバったことを言うな、と諸先輩方に怒られることは覚悟の上で、それでも私が言いたいのは、山に登る誰であれ、もし仮に危険な状態に陥った場合にどうするかについては、個々人が具体的に考えることは絶対的に必要である(それはちがうというひとがいれば、ひとまずそのひとは無視しておくことにしている)。なぜなら、仮にピンチに陥いり、最終的にそこから生きて帰るのはまさに当事者本人そのひとだからである。

それでも最悪の場合はあるかもしれない。けれど、それはその時考えればよいのであって、まだ瀕死の状態に陥ったことがない諸先輩方に比べればまったくもってあまちゃんである私は、とにかく生きて帰って冷えたビールを飲みたいと思うことにしている。

そう信じることにしている。

次号予告:メッツで補給についても計算!

さて、勢いでいってしまった連載2号。次号3号ではメッツで実際の登山にも役立つ補給についてお話ししたいと思っています。それではみなさま、9月半ば以降までお楽しみに〜!


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